梦中梦・2

 

街に入ると同時に、悟空は目を覚ました。

ほとんど口を開くこともなく、ただ、大きな目を開けて街の様子を窺っている。

宿を見付けるなり、三蔵は食事も後回しにして悟空を

部屋につれていった。

悟空も、メシとは言わない。目を光らせ、辺りを見回している。

今襲われたら、大変なことになる。それを、彼は本能的に知っている。

全身の神経を逆立てて警戒している様子が、音がしそうな勢いで伝わってくる。

早く連れていかないと、どこで眠り始めるか、分かったものではなかった。

部屋の灯りを落とし、ベッドに座らせる。

場所が気に入らないらしく、すぐにベッドから降りよう

とするのを無理に押さえ付け、体を毛布で包んだ。

これで、寝てくれるだろう。

やがて、悟空は完全な円形を作って眠ってしまった。

膝を、胸にぴったりと付けて、それこそ、転がすことも

出来そうなほどだった。

「まんまるじやん…」

「猫みたいですね…」

丸くなって眠っている悟空の背中から頭に掛けて、毛布を丸めて押しつけてやる。

「…何のまじない? それ」

悟浄が不思議そうに声をかける。

「知らん。こうすると安心するらしい」

「…まさに野性動物ですね。背中が一番無防備でしょう。

だから寝る時って壁に背中が当たるようにするんですよ。

そうすれば少なくとも背後から襲われる心配はないわけですから」

 

悟浄に説明している八戒の声を聞きながら、三蔵はまた、

以前のことを思い出していた。

 

瓦礫の下から救い出されるなり、三蔵にすがりついてきた。

叱り付ける間もなく、腕の中で丸まってしまった子供を、仕方なく、

そのまま抱えて、部屋に運び込まなくてはならなかったのだ。

人間の子供の顔をしていながら、毛布の中に踵って体を丸めて眠っていたその姿は、

どう見ても野性動物のそれだった。

 

「ああ、そうだ、八戒」

「何です?」

「気孔を使ってやれ。どこか…もしかしたら内蔵が破裂してるかも知れん」

「そんな…」

八戒は目を剥いた。

「待ってください、そんな重傷だったら僕なんかじゃとても…」

「前の時は気孔で治った。今度はそれより軽いから大丈夫だろ」

「…そうですか…」

そっと、悟空の背中に手を当てた。

「この辺ですか?」

「…だと思う…もちっとこっちかな…」

悟空を二人に任せて、三蔵は寝ることにした。

「おい、俺の部屋はどこだ?」

「何を言ってるんです、あなたはここで悟空を見てやってください」

「なんだと?」

悟空の体に手を当てたまま、当然、といった口調で繰り返した。

「考えても見て下さい。彼のそういうところを知ってるのは

あなただけなんです。僕たちじゃ、どうにも出来ませんよ。それに」

言葉を切り、悟空の体にそっと触れる。

「…触ってみてください、筋肉が強ばってる。安心して

ないんですよ。これならもし襲われても心配はないでしょうけど…

回復も遅いでしょう。

貴方が付いててやった方がいいんじゃないですか?僕たちよりも」

「…ったくどこまでも面倒かける野郎だ」

「そういうなよ、お前さんのペット。それでも一応…瀕死の重傷を負ってるわけだ。

…なんか実感、ねえけど」

悟浄は、本当に実感なさそうに、ポリポリと髪を掻きながら眩いた。

「…ほんと、マジなの?」

「まあ、さっきからの三蔵の説明聞いてる限りじゃ、そうなんでしょうね」

そっと手を離し、悟空の様子をうかがった。

「これで大丈夫だと思うんですけどね…。

三蔵、何かあったら呼んでください。隣にいますから」

「分かったよ、とっとと消えろ」

「じゃ、お休みなさい」

にっこり、と笑って、八戒は悟浄を促し、出ていった。

「ああ、めんどくせえ」

思わず、小声で眩く。こんなに暗い部屋の中では新聞を読むことも出来ない。

ベッドの上の悟空を覗き込む。彼は相変わらず丸くなったまま、身動きもしない。

 

前の時はどうしたっけ。

あの時は心配だったせいもあって、隣に寝かせていたのだ。

―――しゃあねえな。

他にやることもない。仕方なく、三蔵は悟空の横に体を滑り込ませた。

先ほど背中に押しつけた毛布を広げ、上に掛けてやる。

その毛布の代わりに、自分の背中を貸してやることにし

た。背中ごしとはいえ、心音は響くらしい。そして、そ

の方が、より安心できるらしいのだ。

背中に悟空の体重がかかるのが感じられた。同時に、

規則正しい、ゆっくりとした寝息が聞こえる。

いつものような軒はかかず、動くこともない。

 

瀕死の重傷、と悟浄は言っていたが、彼から聞いた状況から判断するに、

それほどのものでもないらしい。

胸に、どんなものが、どんなふうに当たったのか見ていないが、

少なくとも、寺院で瓦礫の下敷になった時ほどではないだろう。

それなら、心配はない。

 

 

案の定、悟空は次の日も目覚めなかった。

「おい…ほんとに大丈夫なんか? ほんとに治るの?」

さすがの悟浄も、心配になったらしい。眠りこける悟空の顔を

覗き込んでは不安そうな眩きを洩らす。

「うるせえな、俺が大丈夫といえば大丈夫なんだよ。

そんなに心配ならてめえが面倒見ろよ」

「…少し体温が高い程度で…脈も安定してますしね…」

八戒は咋日から何度も悟空の様子を見にきている。

「脈は安定してるんですけどね」

自信なさそうに首を傾げる。

「よく分からないんですが…仮死と…冬眠状態の、中間みたいな…

呼吸も遅いし。前もこんなでした?」

「知らねえよ、それは獣医の専門だろうが。とにかく前と同じだ、そのあほ面も」

サルが冬眠するという話は聞かないが、これだけ広い

世の中だ、そんな動物がいたとしても不思議はない。

「…前の時はな、医者を呼んだだけ無駄だった。

役に立たねえ医者だったぜ」

 

 

前歯の欠けた、老いた医者は、長安では一番といわれていた。

それでも、悟空の容態については、それが命に関わるものかどうかすらも

分からなかったのだ。

「治るのか、治らんのか、それだけ言え」

腹が立って怒鳴り付けると、たちまち平伏さんばかりになった。

「さあ、何とも…申し訳ございません」

「お前が謝ってどうする! 治せんならそう言え!」

癇癪を起こして医者を叩き返し、ついでに塔の方にも出掛け、

人夫たちを怒鳴り付けて柵を厳重にさせた。

危険、などと書かれた札は、字の読めない子供には役に立たない。

 

白分でも、なぜあそこまで怒ったのか、未だに理解に

苦しむほど、三蔵は腹を立てていたのだ。

三蔵は新しい煙草の封を切った。

「そんな、よってたかって診てやるこた、ねえ。ほっとけ」

「…冷てえ飼い主さん…」

悟浄の嫌味は無視して、三蔵は新聞を広げた。

が、暗い部屋の中では、どうにも読みづらい。

「おい、ちょっと頼むぞ。俺は下で新聞、読んでる」

冷たいも何もない。どうせ、目をさましたとたんに出てくる言葉は

「メシ!」のひとことなのだ。

 

何年か前のあの時も。

 

彼が、自分より先に死ぬことはない。あってはならない。

三蔵は勝手にそう、決め付けている。

自分は、悟空の死んでゆく様を見ることはないだろう。

どんなことがあろうとも、死ぬときには自分の方が先だ。

それが、どんなに醜いものであっても、それを自分が見ることは

ないのだから構わない。

そう考えることで現実から逃げている自分を、知っている。

そして、そんな自分を、悟空は知っている。

それでいい。

それだけで、いい。

 

 

 

悟空のからだが、揺れている。

それは、何とも奇妙な光景だった。ゆらゆらと、僅かに、だが、

揺れている。

悟浄は指をのばし、つつこうとして、まるで何かが飛び出るんじゃないか、

とでもいうように手を引っ込める。

「大丈夫ですよ、筋肉が動いてるんです」

「もうじき目が醒めるんだろう。八戒、メシは」

「一応、用意しておきましたが…言われたものは」

その言葉が終わらないうち、悟空の体がゆっくりと大きく伸びを始めた。

「起きたか、サル。メシならそこにあるから食え」

「んあ」

大きなあくびが答える。

「良かった…! 大丈夫ですか? 悟空!」

本当に嬉しそうな八戒の声に、間延びした声が答えた。

「…大丈夫、って、何が?」

「ほら見ろ、心配するだけ損なんだ、そいつは」

「よーっ、お前、ずっと寝てたんだぜ? 覚えてねえ?

ほら、胸、打ってよお」

「…ああ、あれ。うん、覚えてる。もう平気。それより、

腹減ってさあ…すげ、これ、全部食っていいの?」

テーブルに所狭しと並べられた食事に、瞳を輝かせる。

もうじき、悟空が目覚めそうだと気付いて、八戒に用意させておいたものだ。

 

「いきなり重いものはまずいですよね」

何でもいい、と言ったのだが、八戒は彼なりにひどく気を遣い、

粥や鳥肉といった、出来るだけ消化の良いものを数多く用意していた。

「全部食べていいですよ、その代わり、ゆっくりと」

「うん!」

何事もなかったかのように、用意された食事をむさぼる。

「やっぱり胸を打ったシヨックだったんですか?」

「あ? 何が?」

「何が、って…今、お前言ったじゃん、打ったのは覚えてるんだろ?」

「うん」

「今まで眠ってたのも覚えてるよな?」

「うん…?」

会話を耳に挟んでいるだけで、苛々してくる。

「だからその二つは繋がらねえんだよ、こいつには。

バカに分かるか、そんなことが」

悟空を睨みつける。

「早く食えよ。てめえのおかげで宿を発つのが遅れたんだ。

これ以上遅らせたらほんとにぶっ殺すぞ」

「……」

なぜ遅れたのか、を聞きたそうな悟空を、目で黙らせる。

話が面倒臭くなるだけだ。それでなくとも、用もなくこんな所に居続けて、

苛立ちは最高潮に達していたのだ。

バカな猿を、ここまで躾けるのも、相当に面倒臭かった。

これ以上は、ごめんこうむりたい。

 

 

 

走りだした車の中で、いつものようにふざけている悟空は、

以前と変わりがないように思える。ただ、昼寝の時は、違っていた。

また、丸くなった。

 

「何日かはそれが続くさ。どうってことはない」

不安そうな八戒に答えてやった。

「前の時もそうだったんですか?」

「ああ、ひと月近く続いた。あん時は眠ってたのは三日。

で、ひと月こうだったから…今度も二週間は続くだろ」

 

 

その事件が起きたのは、悟空を拾ってきてからさほど日も経っていない頃だ。

 

 

寺院の中で、悟空が自由に動けるのは、三蔵の居間と、

寝室の二部屋だけだった。時々、脱走した。

その度に三蔵は方々探し歩かねばならなかった。

この二つの部屋からは、中庭しか見えなかったので、

悟空が退屈したとしても無理はないかもしれない。

外に出るにしても、居問から通じる、小さな、玩具のような庭園だけだった。

苔むした岩と、細い小川。南天の木が数本と、大きな、楓。

それだけでは、悟空には狭すぎたのだろう。

仕事は、悟空が来てからは、自分の部星でやることにしていた。

執務室には、よく来客がある。何をしでかすか分からない悟空を、

そこに連れていく訳にはいかなかった。

 

「ねー、あの声、なに」

耳のいい悟空には聞こえても、三蔵にはよく分からない。

「ねえ、なに?」

「俺には聞こえん。大方、飴売りかなんかだろう」

「わ、飴? どんなの、それ、見たいー!」

「今度な。少し静かにしてろ」

悟空は不貞腐れたように窓枠に肘を突き、中庭を眺めていた。

物売りの声が近付いてきて、どうにも我慢が出来なくなったのか、

いきなり、ひらり、と窓に飛び乗り、そのまま庭に降りた。

「おい! こら、待て!」

慌てて窓に駆け寄った時には、すでに彼の姿はなかった。

「…ったく」

舌打ちをして、庭を眺める。追うべきか否か、迷っていた。

気が済めば、ここに戻るだろう。

そう思い、仕事を続けることにした。

しかし、集中できない。彼のことだ、物売りの声の正体を確認すれば、

またすぐ別の方に気が行くだろう。

たとえば、売っているものだとか。それが、食べ物であればなおさらだ。

あるいは、その周囲の店、通りを歩く野良猫。

「……」

再び、舌打ちをして、三蔵は立ち上がった。

 

大通りに出る前に、騒ぎは起こった。通りの方からではなく、

寺院の方からだ。

「どうした」

せかせかと走って来た小坊主を捕まえ、何が起こった、と尋ねてみた。

「あ…あのっ、そこの塔に子供が…」

小坊主の指す方には、改修工事中の塔が見える。

「あの…ガキ…!」

すぐに分かった。

中庭からは、直接大通りには出られない。

彼は、あの塔に登って見下ろすことを考えたのだろう。

いかにも、彼のやりそうなことだ。

あの塔が、工事中で、近付いては危険だということを教えていたかどうか、

三蔵は覚えていなかった。

もっとも、教えていても、役には立たなかっただろう。

塔に向かっていくらも走らないうち人々の叫びの中、

三蔵の目の前で塔は崩れていった。

 

ほんの僅かな時間を惜しんだがために、余計な面倒事を

しょいこむ羽目になってしまった。

面倒がらず、大通りまで、ちょいと連れ出してやっていたら、

何事も起こらなかっただろう。

 

賑やかな町並みを眺め、そんなことを思う。

ここは、相当に大きな街らしい。商業も盛んなのだろう。

さまざまな人種が入り乱れている。

 

「後で買物に出るの、大変かも知れませんね。今のうちにすませますか」

「宿、探してからの方がいいんじゃねえ?」

「町はずれの宿を探すつもりです。こんなに大きな街の、

中心になんか泊まれませんし。そうするとまた出るの、大変かもしれない。

あ、でも、忘れ物があったら困るし…面倒でも宿にいってからの方がいいですかね。

何が必要か、検討してからの方が」

「一人で結論出してるんなら相談すんな、アホ」

背後の、二人の会話を聞くともなしに聞きながら通りを眺めていて、

ふと、屋台が目に入った。

「おい、悟空」

「え?」

道端で広げられた果物を物色していた悟空が顔を上げた。

三蔵は、くい、と顎をしゃくってみせた。

「お前の好きそうなのがあるぞ」

「……」

視線の先を追っていた悟空は、やがて目当てのものを見つけたのだろう。

目を一杯に見開き、じっと見つめている。

その顔に、喜色があふれてくる。

 

屋台はゆっくりと動き出し、通りに呼び込みの声が響く。

いくらも行かないうちに、子供たちが集まりはじめ、屋台は止まった。

「う…わっ…!」

悟空の瞳がぱっと輝き、同時に駆け出していた。

「珍しいじゃん、どうしたよ? 子供が病気の時はやっぱ、お前でも甘いわけ?」

「誰が子供だ、誰が」

「どういう風の吹き回しか知りませんけど…煽りを食らうのはきっとこの僕…」

そう言っているうちにもばたばたと騒がしい足音がして、

八戒は苦笑した。

「八戒、ね、一緒にきて!うまそうなの、いっぱい売ってる…! 

見たことないようなのもあるんだ!」

やれやれ、というような溜め息とともに、八戒は腕を引かれ、

人波の中に消えていった。

「いいのかよ?」

「八戒と一緒なら無駄遣いはせんだろう。俺はそこの店で煙草、

買ってくる。お前、奴のとこ行って待ち合わせ場所、決めてこい」

「…へーい…」

何な言いたそうな悟浄に背中を向けて、歩き出した。

 

お前の好きそうなではなく、本当は、お前が見たがっていたものがある、

そう言ってやりたかった。

しかし、彼はもう、覚えてはいないだろう。

 

 

今度、飴売りが来たらその時は連れていってやろう。

そう思っていたものの、それからは出掛けることも多くなり、

また、戦乱が続いたこともあって、ついにその機会はやってこなかった。

 

 

 

塔に登ってまで見るほどのものでもない、登ったあいつが悪い。

そう思ってみても、それがどんなものかを、彼は知らなかったのだ。

彼をあのような行動に駆り立てたのは、自分だった。

 

岩牢から出されても、次が座敷牢では同じことではないか。

彼には、自分しか頼るものもなかったのに。

その事件のことを忘れるまでの間、三蔵はその思いから

抜けられなかった。

すっかり忘れてたのに。

今度のことで、また思い出してしまった。

 

崩れた塔を前に、人夫たちは、

「これじゃ、助からねえ…」

と、眩いていた。

しかし、三蔵は信じなかった。これで死ぬくらいなら、

岩牢の中でとうの昔に死んでいただろう。

「こいつが死ぬ訳ないだろう。早く石を退けろ」

崩れた煉瓦や、太い材木が取りのぞかれ、やがて、血だらけになった

細い腕が現われた。

まわりで見ていた何人かは、早くも手を合わせ、ぶつぶつと読経を始めている。

「可哀相に」

そんな声が、聞こえた。

悟空を、邪険にこそすれ、親しげな様子など欠片も見せたこともなかった者たちが、

いかにも殊勝な面持ちで頭をたれる。

「まだ子供だというのに」

さざ波のように伝わる咳きは、三蔵を苛立たせた。

「おい! 出てこい、バカ猿!」

悟空の小さな体は、塔の住に使われる、太い材木の間に挟まれていた。

それが取りのぞかれたとたん、ぱち、と目を開いた。

「何してんだ、貴様…!」

その怒鳴り声で我に返ったのだろう、血だらけの腕を伸ばし、

三蔵の手を掴むなり、ものも言わずに体に駆け上がってきた。

「おい…っ!」

「安心したんでしょう、もう、眠っとりますよ」

後にいた、老いた僧が、穏やかな声で言った。

 

 

人の波を掻き分け、悟浄はゆっくりとした足取りでこちらに向かっている。

時折、すれ違う女の子に声をかける。

その向こうに、八戒の背中がちらり、と見えた。

 

その腕の辺りに視線を移すと、悟空の姿があった。

逃げないようにするためか、八戒の腕をがっしと掴んだまま、

あれこれと品物を選んでいる。

八戒は、時に首を振り、時に頷いた。

―――それは駄目です。体に毒ですよ。こっちにしましょう。

そんな、彼の声が聞こえてきそうだ。

「やっば、気になってんじゃん」

いきなり耳元で曝かれて、三蔵はぎくり、として振り返った。

「きさま…」

「夢中になって誰見てるかと思えばさあ…。

お前にも、そんなとこ、あったんだなあ」

にやにやと、人の悪い笑みを浮かべている。

「うるせえ。それよりどうなんだ、場所は。どこで待ち合わせる?」

「そこ」

悟浄が指したのは、広場の反対側にある、大きな食堂だった。

「宿に着く前にサルに食わせねえとうるせえからよ。

あいつら、先に行ってるって。三蔵さん、買物付き合ってくれ。八戒に頼まれた」

「ふん…」

 

再び、広場の方に目を移す。

屋台の前に、すでに悟空の姿はない。少し先を、八戒と

一緒に、食堂に向かって歩く姿が見えた。何かを八戒に

見せながら、しきりに何かしゃべりながら歩いている。

おそらくは、買ったものについて、彼に尋ねたりしているのだろう。

 

あの時、連れていってやるんだった。

なんでいつまでもこんなことを考え続けるんだ、俺は。

 

悟浄に言われるまま、品物を選びながら、三蔵は胸の

内で毒突いた。

 

 

 
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