予兆






 
   終業の鐘と同時に、祐哉は教科書とノートを鞄に放り込んだ。
 「祐哉、放課後、ヒマ?」
栄治が肩を叩いてくる。
「ヒマなわけ、ねえだろ。なんかやんの?」
「うん、女子クラスがさ、今、特別授業、やってんじゃん。行ってみない?」
「またかよ」
呆れて笑う。

 この幼馴染は、いつも女子を追いかけているような気がする。
姉と妹を持つ祐哉には理解できなかった。

 今、学校では女子だけが特別な授業を受けていて、しかも、その内容は秘密にされていた。
何となく、やっかみ半分に、自分は男でよかった、とも思う。
 美久と日向の様子からすると、かなり難しいものであるらしい。
そんなものは、ごめんこうむりたい。

「俺は早く帰って大和、組み立てたいんだ」
「…何ヶ月かかってんの、それ」
「んー…でも、これでも早い方だぜ?」
 今、祐哉が組み立てているのは、木製の、古い戦艦だった。
なかなかに精巧なつくりで、組み立てながら、感動すら、覚える。
かれこれ、半年近くはかかっているだろう。それでもまだ、半分くらいしか出来上がっていない。

 早く、完成した姿を見たかった。
自分の手で、かつて日本に存在した、素晴らしい戦艦の荘厳とも言えるその姿を、再現してみたかった。

 「あれ。日向ちゃんだ。日向ちゃん!」
「え?」
見ると、ドアのところに日向の姿が見える。
駆け出した栄治の肩を掴み、思い切り、後ろに引き倒した。
栄治は派手な音を立て、椅子にぶつかった。
「いってえな! 何すんだよ!」
「てめえは黙ってねえちゃんの尻に敷かれてろ、ばあか」

倒れた幼馴染は放っておいて、日向のもとへ駆け寄る。
「どうしたんだよ。来るなって言ってんだろう?」
「うん…授業、私は早く終わったの。お姉ちゃん、まだやってるけど。…それでね」
俯き、手の平を出した。そこには、銀色の髪留めが乗っていた。
「髪留め、壊れちゃって」
「……ああ…それで髪、ほどいてんのか」
いつも、軽く後ろでまとめられている髪が、今は肩に散って流れている。

 「これ、直るかな。お姉ちゃんがね、お兄ちゃんか、おじちゃんなら直せるんじゃないか、って」
「…俺には無理だよ…」
単に、留め具が外れた、という程度なら直せるかもしれないが、良く見れば、ばねが折れてしまっている。
「ちゃんとしたとこ、修理に出せよ」
「日向ちゃん、俺、直してあげようか?」
懲りずに寄ってきた栄治を突き飛ばす。
「てめえ! 日向には近づくなって言ってんだろうっ!」
日向は、笑いをかみ殺しながら、それでも、いたわるように、
「大丈夫?」
と、声をかけた。
「放っとけ、で? 用はそれだけ?」
「…あ…あのね、これが直るまでの新しい髪留め、欲しいんだけど、お店の行き方、忘れちゃって…」
ちら、と上目で見る。祐哉はため息をついた。

 「…分かったよ…付き合ってやるよ」
「お、俺も付き合うよ!」
「貴様、死んでろ!」
手にしていた鞄で、栄治の横っ面を張って、そのまま、表に出る。

 「お兄ちゃん…栄ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫だよ」
姉に知られたら、あるいは叱られるかもしれなかったけれど、それでも、理由を知れば姉の方が怒るだろう。

 日向は、確かに、可愛いだろう。
でも、だからといって、やたらと言い寄るクラスメイトたちの気持ちは、祐哉には分からなかった。
 美久にしてもそうだ。
二人ともに、男子にもてる。
 本性を知らないからだろう、と、祐哉は勝手に思っていた。
 栄治は、あれで美久に惚れているらしいのだから、笑える。

「お前もいい加減、覚えろ。そんなに広い島じゃねえんだし」
坂道を、日向の歩調に合わせてゆっくりと降りながら呟いた。
「だって…あのね、この前、お兄ちゃんが連れてってくれたお店だよ? あそこ、一回しか行ったこと、ないもん」
 どこだっけ。
ふと、空を見て考える。
 自分が、日向を連れて行った店で、髪留めを置いているようなところ、というのは、一つだけで、しかも、それも、何年前の話だろう。
「…良く覚えてたな…あの店のこと。…なくなってたらどうする?」
「あるよ、きっと」
日向は、にっこりと笑った。
 不思議と、日向がそう言うと、信じられる。
「じゃあ…急ぐぞ、日向。
兄ちゃんはさっさと帰って戦艦大和、作るんだから。
邪魔、すんなよ」
「うん。ありがと…でも、お兄ちゃん、お兄ちゃんもその内、私たちと別の授業、受けるんだよ」
「え?」
つい、間抜けな声を上げていた。
 日向のこうした言動には、今更驚くことでもないが。
「お前たちと別の…特別な授業…か?」
「うん」
「…そっか」
持っていた鞄が、何となく、重くなったように感じられた。
「…じゃあ…なおさら、だ、日向。
早く完成させないと」
「そうだね」
日向は、目を細めて軽く笑った。
「私も早く、お兄ちゃんの戦艦、見たいもん」
「…だろ?」
微笑みかけ、日が沈みかけた町を急ぐ。
何となく、次にここを通る時には、違った自分になっているような、そんな、気がした。















John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2005/08/22
「目覚め」の前の話、です。番外編と言いますか(笑)
実はこれも「目覚め」にくっつけて続けたかったんですけどねー。