夜を終わらせないで





 

  
 「これでよし、と」
一騎は皿に、最後のイチゴを置き、遠めに眺め、頷いた。
「総士、おまちどお!」
皿を持って、居間に行く。そこには、ちょこん、と総士が座っていた。

 今日は、ホワイトデーなので、一騎は父に頼み込んで、一日、出かけてもらった。
「おかしなこと、するんじゃないぞ」
そういった父が、その後、アルヴィスかどこかで、総士に会ったものかどうか、一騎は知らない。
 家に来た総士の顔は、真っ赤で、今にも倒れそうなほどだったから、もしかしたら父が何かいったのかも、知れない。

 まあ、この前、あんなとこ、見られたし。

一騎の方は無論、そのようなことはもはや露ほども気にしてはいないけれど、総士の方はそうはいかないらしい。

 考えすぎるんだよな、総士は。うん。
 俺みたいにすかーっと忘れちまえばいいのに。

ともあれ。
 邪魔者の父もいないことだし。
今夜こそ、と、準備万端、整えてある。


 ちゃぶ台に置かれた皿を見て、総士は、
「なんだ、これは」
と言った。
「…その言い方ってないと思うけど。ただのパンケーキじゃん。アルヴィスの食堂にもあるぞ?」
「いや…それは知ってる。俺が言ったのはこれだ」
そういって、イチゴを指す。
「…イチゴだけど」
「…これが?」
「そうだよ」
「何故、半分だけ白いんだ。そういう種類なのか?」
真面目に聞かれて、一騎は思わず天井を振り仰いだ。
「そういうデザートなの。フォンダンかけっていうんだ。
…本、見ながら一生懸命作ったのに…違う種類、はないだろう」
「あ…ただのイチゴだったのか…」
「……」
ただのイチゴ、と言われてもなんだかな、と思う。
結構、手間はかかったのだ。

 砂糖蜜を作って、そこにイチゴを浸して、冷やす。
イチゴが半分、綿帽子を被ったようになるもので、それを本で見た時には、食べたくてたまらなかった。

 自分で料理を作るようになってから、いつか必ず作る、と決めていたのだ。
なかなかチャンスがなかったものの、今日こそは、絶好のチャンス、と、思えた。
 ホワイトデーに、この可愛い、美味しそうなイチゴを、と思ったのだが。

「で、これは食べられるのか?」
「決まってんじゃん、砂糖で包んだんだもん。食えないものを出すわけ、ないじゃん」
「…すまん…初めて見たから…」
「あ…ごめん…そんなつもりじゃなかったんだ」
せっかくの、楽しい日を。
自分の不注意で総士に嫌な思いをさせてはならなかった。

 「ごめんな。とにかく、食べ始めよう」
改めて、深々と、総士に頭を下げる。
「この前はありがとう。あんなうまいクッキー、俺、初めて食った」
「いや、あの、あれは…」
総士は真っ赤になった。
「…あれは…ほとんどカノンが…その…」
「手伝ったんだろ? いいよ、お前が俺のためにそういう気になってくれたんだもん。
それだけですごく嬉しかった! ありがとうな!」
 いくらか、気持ちが落ち着いたのか、総士も、少しだけ、笑みを見せた。
そして、フォークを手にする。

 が。
何やら、イチゴが気になってならないらしく、そればかりを突いている。
と言って、食べるのでもなく、イチゴを転がしては他を食べ、食べながら、またイチゴを突いている。
 「…どうしたの?」
「いや…不思議なんだ。何故、砂糖がこんな風についてるんだ? この白いのは本当に砂糖か?」
「……………」
まずったなあ、と思う。
 総士は、食べ慣れないものに、ひどく警戒心を抱いてしまったものらしい。

 苦労して作ったのに。
火加減が難しくて、何度も失敗したのだ。
やっと、うまくいって、自分でも改心の出来、と思ったのに。
普段、あまり人間らしい食事をしていない総士に、少しでも美味しいものを、と思ったのに。

 「いいから食ってみろ」
総士は、無言で頷き、何を思ったか、イチゴの周りの砂糖をはがし始めた。
「総士! それはその砂糖ごと食べるんだよ!」
せっかく作ったのに。
 一騎は泣きたくなった。
「あのね、こう」
イチゴを、勿論、砂糖つきのまま目の前で食べてみせる。
「こうだよ」
「…分かった…」
ようやく、食べてくれた。
「どう?」
「うん…美味しい…あまい…」
「美味しいだろ!」
「なるほど…イチゴはこういう食べ方もあるのか。
初めて知ったな。これまで、イチゴはすっぱくて好きじゃなかったんだが」
「あ…好きじゃなかったのか」
 なんだ。
そうと知っていたら、別のものにしたのに。
それでも、見ているとまた次を食べてくれている。
これで、総士がイチゴを好きになってくれたら、こんなに嬉しいことはない。

「果物はあまり…どれもすっぱいだろう」
「…そうかなあ? イチゴなんか、たいてい、砂糖とかミルクとか…かけるだろ?」
「いや…そういう食べ方はしたことがない」
 総士の父は、普段、どんな風に彼に食事をさせていたのだろう。
同じ父子家庭でも、うちはまだましだったのかも。

どんよりと空気が重くなる。
一騎は、それを振り払おうと、躍起になっていた。
「パンケーキも、そんな風にじゃなくって生クリームつけて食べなよ。シロップもあるし」
「そんなものまでかけるのか」
「…いや、あの。…普通、パンケーキってそうやって食べるぞ?」
「…そうなのか」

 ムードも何も、あったものではなかった。
どうかすると、このまま、パンケーキひとつの食べ方云々で夜は終わりかねない。

 冗談ではない。
 せっかく、あれやこれや、用意したのに!

「あのさ、総士。そのイチゴが気に入ったんだったらまた作って持っていくよ。ビタミンたっぷりだしさ。
で、それはそれとして、早く食べない?」
「珍しいな、お前が食べるのをせかすなんて」
「……ゆっくり食べてていいよ…」

 なんかもう、今夜はだめかも。

がっかりして、落胆のあまり、食事ものどを通らなくなってしまった。
「俺のイチゴ、食っていいよ」
「ありがとう」
一騎の差し出したイチゴを受け取る、総士の口元が、わずかに微笑んだ。

 嬉しいらしい。

あまり、表情を出さない総士の、精一杯の表現。
 下手に嬉しいと言っても、子供のようだし、仏頂面では、自分に悪い、と思ったのだろう。
 一騎は、しばらくちゃぶ台に頬杖を付いて、そんな総士を眺めいていた。

 「美味しい?」
「ああ」
わずかに顔を上げ、今度は、はっきりそれと分かる微笑を見せる。
きれいだ、と思った。
ただ、自分の作った、イチゴのデザートを、美味しい、と喜んでくれた笑顔。
それまで好きではなかった、と言うイチゴを、あまり食べることに執着のない彼が、ここまで喜んでくれた。
それが、この上なく、嬉しい。

 そうだな、と、改めて思い直す。
今日は、単にバレンタインのお返しの日だ。
好きだと言ってくれてありがとう。
それだけの日なんだ。

 「総士」
「うん?」
顔を上げた彼の顎をそっと指先でつかむ。
総士は逆らわず、ただ、わずかに、目を見開いただけだった。
その唇に、軽くキスを落とす。
本当に、軽く、触れるだけ。

「総士、ありがとう」
「え…」
「バレンタイン。…俺を好きだって言ってくれて、ありがと。俺も、大好き」

 もう、一騎は、夜のことは諦めていたけれど。

まだまだこれからだ。
まだ、チャンスはある。

それに、まだ夜は長いのだ。

 ともかく、今は、総士の嬉しそうな顔を見られただけでも、大満足だった。







John di ghisinsei http://ghisinsei.sakura.ne.jp/

2005/03/14
この辺りからすでに一騎の、総士が喜ぶなら何でも、
という、墓穴堀の癖は出始めているような(笑)
総士って、好みがすっごく渋いのと、子供っぽいのと、
両方ありそうv(笑)

タイトルはi poohの曲から。