トナカイの来る町






 
   商店街が華やかさを増している。
小さいながら、竜宮島の商店もそれぞれに個性豊かな装飾を施していた。

 クリスマス、かあ。
ぼんやりと店の入り口のリースを眺める横を、子供たちが母親の手にすがって通り過ぎる。
サンタさんは来るかな。
そんな会話の断片が聞こえて、一騎は小さく笑った。


 クリスマスと言えば、一騎にとってはツリーを飾り、ケーキを食べるだけのものだった。
最近は、それすらもない。
 子供の頃から、何故か自分の家にはサンタは来ないのだと思っていた。
それでも、友人に言われて枕元に靴下を置いたこともあった。けれど、それも布団に入ってすぐにしまいこんでしまった。


 今夜は煮物にしよう。
総士は今日もアルヴィスに詰めている。総士の分も作る約束をしていたから、栄養バランスには気をつけていた。
 総士っていつも適当なので済ませようとするから。

レンコンとたけのこを買って、肉屋に向う。
肉屋では、華やかに飾られたローストチキンがガラスケースいっぱいに並んでいた。
 それらの横においてある細切れを買って店を出る。

どんよりと曇った空に、早く帰って洗濯物を入れなくちゃ、と、自然と足も速くなる。
今夜辺り、雪になるかもしれない。


 いつの頃からか、多分、知っていたのだ。
サンタは、いつも作業場でろくろを回していて、クリスマスが来てもそれに気付くこともないほどに熱中しているのだ、と。

 クリスマスに何が欲しい?
小さい頃、学校の先生に聞かれた時に、一騎は黙って首を振った。
 だってうち、えんとつないもん。
幼かった自分はそう答えた。
 おとうさんのかまにあるえんとつだと、サンタさん、やけどしちゃうもん。
 
その時の教師の複雑な笑顔を、一騎は今も覚えている。
 だってね、かまのなかってすっごくあついんだって。
聞かれてもいないのに、懸命に説明した自分は、教師の目にはどのように映ったのだろう。

父に、負担をかけたくなかったのだ。
幼い頃から、プレゼントをくれるのは本当はサンタクロースではなく、父なのだということを知っていた。そして、そのプレゼントが裕福ではない我が家にとっては結構な負担になるものだ、ということも。



 その年のクリスマスに、一騎はいつものようにすぐにしまうつもりで靴下を枕元に置いた。
本当に、すぐに布団の下にでも隠すつもりだった。
なのに、ぐっすり眠ってしまった。
朝になって枕もとの靴下を見て、一騎は驚いた。
小さく膨らんでいる。



 買い物の中身を確認しながら、一騎はつい、思い出し笑いをしていた。
あの時のなんともいえない喜びは、忘れられなかった。
サンタはいたんだ。
まだ中身も確かめないうちからそう思った。どきどきしてなかなか靴下に触れず、ただ布団に正座をして靴下を見ていた。


 「…いけない、干ししいたけ、買うの忘れた」
小声で呟き、道を戻る。


 靴下の中から出てきたのは、その頃仲間内で人気のあった赤いスポーツカーだった。
昔、スーパーカーと呼ばれてもてはやされたと言う。
車の少ないこの島で育った一騎には珍しくて、憧れでもあった。
それが走るさまをテレビで見て、かっこいいな、と呟いた事があったのを思い出した。
 布団の上で正座したままミニカーを手に取り、その時の事を思い出そうとしていた。
 お父さん、あの時は台所にいて……。
自分の独り言など、聞こえていなかったはずだ。

「おとうさん!」
ミニカーを持って階段を駆け下りる。
父はいつものようにろくろの前に座っていた。
「みて、これ!」
「…何だ、それは」
父の驚いたような顔に、サンタクロースはいたのだ、と思った。その時の喜びは、切なさを伴って今でも思い出せる。


 今にして、あれは何のことはない、父の得意なポーカーフェイスに過ぎなかったのだ、と分かるけれど、当時は本気で信じた。
そして、一瞬とはいえ、夢を見せてくれた父には感謝している。
 父はそれからもミニカーのことは口にしたことはなく、一騎もまた、聞いたことはない。







 出来上がった煮物をタッパーに入れてアルヴィスに急ぐ。
総士は会議室にいた。
「ここだったのか。部屋まで行っちゃった」
「探してくれたのか。すまなかった」
「ん。ご飯、届けに。ちゃんと食えよ、総士」
「ああ…ありがとう」
言いながらも上の空で総士の目は画面を追い、指先は止まることなくキーを叩き続けている。

 「クリスマスは何か予定あるのか?」
「え」
いきなり、総士の方から切り出されて一騎は戸惑った。仕事の方に夢中で、クリスマスのことなど頭にないかと思っていたのに。
総士は肩を竦めて笑った。
「ああ、実は忘れていた。こっちの方が忙しくて。
…乙姫がどこからかそんな情報を仕入れてきたんだ。おかげでクリスマスパ−ティとやらをやる羽目になった。もちろん、お前も招待されている」
「……パーティ?」
総士は手を休めることなく頷いた。
「忙しかったら無理にとは言わん。司令にもさっき伝えたところだ」
「父さんにも?」
あの父が、どんな顔をしてパーティに出るのだろう。

 再び、あのミニカーが思い出された。
あれはまだどこかにしまってあるはずだ。

 総士は小さくため息をついた。
「乙姫のわがままですまんが…」
「ううん、そんなことはない、行くよ、喜んで」

 そうとなれば、乙姫にもプレゼントを用意しなければならないだろう。
父さんにも何か。父さん、何を喜ぶんだろう。

 そこまで考えて、一騎は思わず微笑んでいた。
父さんが喜びそうなもの。
 それがすぐには出てこない。
でも、それはおそらく父も同じだったのではないか。
何気なくかっこいい、と呟いた車のおもちゃがすぐプレゼントに直結してしまう辺りは父らしいと言えば言えるかもしれない。



 そして、一騎は知った。
子供らしく振舞いたかった自分を。
他の子供たちと同じようにおねだりをしたかったのに、それを無理やり抑えていた自分を。

いつも、周りの友人たちが羨ましかった。
だから。

「総士、乙姫ちゃんに何がいいか、聞いといて。
俺に出来るプレゼントなんか知れてると思うけど」
初めて総士は手を止めて振り返った。驚いたように眼を見開いている。
「一騎、無理はしなくていいぞ。ケーキとチキンがあればいいだろう」
「無理はしてない。俺がプレゼントしたいんだ」
両親の手にすがってわがままを言う機会を永遠に失ってしまった少女に。
「もちろん、お前にもね、総士」
「……」
総士は黙って画面に向き直る。
その横顔をしばし見つめ―――。
一騎は言った。
「マフラーとかでもいい?」
「咲良からは帽子がもらえるそうだ」
総士はむすっとしたまま返した。
「剣司はイヤーマフだといってきた。その上今度はマフラーか。俺は雪だるまみたいになるな」
一騎は思わず笑い出していた。

アルヴィスの中は暖かい。そんな中で、そんなものがどれだけ役に立つのか分からなかったけれど。
「じゃ、父さんから休日をプレゼントしてもらうよ。
そうしたら雪だるまみたいな格好で遊びに行けるだろう?」

外は今にも雪が降りそうだったから、ちょうどいいかもしれない。

「乙姫ちゃんにもマフラー。で、みんなで遊ぼう。
…雪が降ったら雪合戦でもしよう」
「子供だな」
「ああ。まだ子供だよ、俺たち」
まだまだ、自分たちは子供なのだ。
それを忘れている総士は、かつての自分にも重なって見える。
幼い子供であることを懸命に否定しようとしていた自分。


 サンタなんかいないんだ。
そう思った方が楽だった。
でも、それはどれだけ悲しかったろう。
本当は信じていたかったのに。
 押入れのどこかに今もしまってある赤いミニカーは、そんな自分の内面そのものだ、と思う。
その小さなプレゼントをもらった時に、どれほどに嬉しかったか、散々遊んで傷だらけにされたミニカーが一番良く知っているだろう。
そして、それを見ていた父の穏やかな笑顔が。




















John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2006/12/25