その夢は、いつも途中で終わる。
途中まで、鮮明に覚えているのに、そこから先がどうしても思い出せない。

 赤とんぼの飛び交う野原、風に波打つススキの間に何かを見つけた、幼い頃の自分が、一騎を呼んでいる。
「かずき、みて!」
その声は、楽しそうだ。
ススキの間から見える空の、どこかを指しているのだ。
でも、そこに何があるのか、何が見えたから一騎を呼んだのか、どうしても思い出せない。

 声は、よく覚えているのに。
自分の、楽しそうな声。
 何も知らなかった頃の。


 何も知らなかった。
でも、本当は知っていたのだろう。
虫かごに入れた赤とんぼを、地下にいる妹のもとに見せに行ったとき。

 何故、返事をしてくれないんだろう、と、分かっているのに、何度も何度も呼びかけていた。

 『つばき、あかとんぼだよ。みえる?』
見えるのかどうか、それだけでも知りたかった。
答えてくれないまでも、頷いてくれないかと、何度も呼びかけ、それでも答えはなく、座り込んで物言わぬ妹を見つめていた。

 喜んでくれてないのかもしれない。

女の子だから、虫には興味はないかもしれない。
だから、答えてくれないのかもしれない。

 次には、花を持っていった。
それでも、返事はなかった。

 返事はなくても、持っていくものが何もなくても、総士は、乙姫のもとに通い、諦めず呼びかけ、いつしかそれが習い性になっていった。


 知ってたよ、総士。

声が、聞こえた。
 知ってたよ。嬉しかった、総士。
消えていく、今になって。
今はもう、涙の出ないはずの左目から、熱いものがこみ上げてくる。

 答えが欲しかったのはあの時で、今じゃない。
でも、それももう、言葉には出来ない。

 乙姫。

妹の声は、自分の声と重なる。
 知ってたよ。
何もかも、知っていたのだ。
 いつか、自分がいなくなることも。


それを、運命と分かっていても、それでも、出来ることなら、その運命を変えたかった。
 ただ一人の人のために。
一騎のためにだけでも。


 一騎が、自分を傷つけてしまったこと、そして、逃げてしまったことを悔やみ続け、苦しんでいたことも、また知っていた。
それは、総士にとって喜びでもあった。
 この傷は、自分を人たらしめたと同時に、一騎を繋ぎ止めるものでもあった。
傷がある限り、一騎は自分から逃げられない。
 それは、限りない喜びだった。

 一騎が生きてくれるならいい。
生きて、自分を待っていてくれるなら、それで。

 でも、本当なら、自分も一緒に、彼と一緒に生きたかった。

 そして、もう一度、あのススキの野原に行ってみたい。
小さかった自分があの時、あそこで何を見たのか、知りたい。

 あそこは、今はどうなっているのだろう。
もしかしたら、戦闘で焼け野原になっているかもしれない。
あの時に、自分が見つけたものはもう、ないかもしれない。

 でも、だからこそ、もう一度、行ってみたい。
そうしたら、あの夢の続きが見られるから。

 ふ、と総士は笑った。
夢は、続きがないから、夢なのかもしれない。
だとしたら。
もう、夢は見たくない。

 それでも、自分は夢を見続けるだろう。
感覚のない、重い体。
痛みも、何も感じない。
少しずつ、思考も空回りを始める。

 一騎、忘れないでくれ。
ただ、一つ事だけを念じた。

まだ、考えることが出来るうちに。

 乙姫、そこにいるなら一騎に伝えてくれ。



 いつか、戻る。
必ず、戻る。
 忘れないで欲しい。
本当なら、自分も一緒に戻って生きていたかったということを、忘れないで欲しい。



 覚悟なんて、ただの強がりだ。
――― 覚悟は、出来ている。

そういう人は、そうならないことを本当は祈っているのだ。
心の底から、誰よりも強く祈っているのだろう。

 弱くなったな、と思う。
弱くなってしまった。
こんな自分を、乙姫は笑っているかもしれない。
でも、嘘じゃない。

─── 分かるだろう? 乙姫。

 消えたくない。
一緒に帰りたい。
 …一騎。




必ず、戻るから。








 
 



 







John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2006/03/23
「果て無きモノローグ」の総士のイメージ。
ずっと頭の中をぐるぐるしてて、一度書いてみたかった…
「小説」とはいえないと思いますが(苦笑)