クリスマスに向けて






 
  
   洗濯物を洗濯機にいくつか放ったところで、一騎は、ち、と舌打ちをした。

 また靴下が片方、ない。

すぐ横を、すとすとと白黒のぶちが通り過ぎる。
「こら、またお前だろう! 総士の靴下、どこ持ってった!」
子猫は、怒声に驚いたのか、猛スピードで居間に駆け込んだ。
「この馬鹿猫っ!」
追いかけて、居間に飛び込み、そこで、総士の鋭い目とぶつかってしまった。
猫は、と言えば、総士に抱えられてごろごろ喉を鳴らしている。
「そう叱るな。猫のやることだろう」
「…じゃあ…いいよ、お前の靴下だからな。俺のじゃないからな。自分で探せよ」

 言い捨てて、洗濯場に戻る。
再び、洗濯物をまとめていて、自分の靴下もなくなっていることに気が付いた。
 
 まったくもう…これから忙しいのに。

今日は、これから遠見真矢の家に、ツリーの飾りつけの手伝いに行く約束をしていた。
その後は、カノンの家に行き、お菓子作りを手伝う。

 クリスマスのパーティはカノンの家でやることになっていて、そのための下準備だった。
結構な人数が集まるらしく、その人数分の菓子を作るだけでも大変だろう、と思う。


 洗濯機が動いている間に、茶碗を洗っておこう、と、台所へ行くと、その足元にかずきがじゃれ付いてくる。
「まーったくお前は邪魔だなあ! 蹴飛ばすぞ」
「何を苛立ってる」
総士がのんきな声を投げてくる。
「…だから前から言ってたじゃん。今日は忙しいんだよ。
明日、クリスマスパーティ、やるだろ? その準備」
「ふうん…」

ばさばさと新聞を広げる音を背中に聞きながら、総士はある意味、のんきでいいな、などと思った。

 こちらは、茶碗を洗い、さらに、夕飯の支度もしていかねばならないのだ。

 流しを片付けて、洗濯物を干し、再び、流しに向う。
その間、総士はずっと変わらずに新聞を読みながら猫と遊んでいた。

 いいな、総士は。

少しは手伝え、と、怒鳴りつけたい衝動を抑えつつ、米を研ぎ、おかずを作った。

 ああ、もう時間がない。

時計を見、急いでエプロンを外した。
「総士、そこにメシ、あるから父さんと食べてて。
俺、行ってくる」
「ああ」
こちらも見ようとしない総士に、むかっと来た。
「…総士…」
「うん?」
「いってらっしゃい、とかって言ってくれたっていいだろ」
「ああ…行ってらっしゃい」
「…気がなさそうだな」
「何を怒っているんだ?」
「…なんでもない…風呂、やっといて」
「分かった」

 まったくもう。
最近、猫ばっかり構ってて俺の方は全然、だもんな。




 真矢の家のツリーは、病院に飾るため、ということもあって、大きかった。

「助かるわ、一騎君」
脚立に上って大きな木のてっぺんに大きな星を付けていた一騎に、下から千鶴が声をかけてきた。
「大きいから毎年、苦労するのよ。ありがとう」
「いえ、このくらい。…あと、このモールはどこに付ければ…」
「あ、それ、こっち。一騎君、そこから下に投げて」
真矢が下で両手を広げている。
一騎は、大きな星のすぐ下から、きらきら光るモールを真矢の方に放った。

 「ねえ、一騎君のとこはツリー、飾らないの?」
「あ…うん…飾ろうかな、今年は…」
言いながら、どこにしまったっけ、と考える。
きっと、物置のどこかだろう。
 
 こんなにいくつも飾りは付けられないけど。
豆電球の飾りを、このように幾重も巻けるほどに大きなものではない。
小さな、貧弱、と言ってもいいようなものだった。
 大きな箱一杯に入った、飾りの数々。
星やりんご、天使の飾り、まつぼっくり。
 いいな、こんなにたくさん。

それでも、子供の頃はそれを見るだけで嬉しくてたまらなかったものだ。

 そっか。総士がうち、来てから初めてのクリスマスだな。
 
 総士。

星の飾りを手に、総士は今頃、どうしているだろう、と思う。
 まだ、父は帰らないだろう。
猫と昼寝でもしているだろうか。

 「あ、その星、そこにぶら下げて」
「あ…ああ」
言われたとおりに飾り付け、ふと、何故、家の飾りを先に作ってこなかったのだろう、と思った。

「あの、遠見。上の方はもう大体、終わったよね。
…俺…行かなくちゃ」
「あ、そうか。カノンのとこ、行くんだっけ」
「…うん…悪い」
「いいの、ありがとう。ごめんね、忙しいのに、手伝わせちゃって」
「いや…じゃ」



 医院を出て、急いで、カノンの家ではなく、自分の家の方に走った。

 総士、何やってるだろ。

そっと、伸び上がって生垣の外から覗いてみる。
総士は、まだ居間で新聞を読んでいるらしい。
猫のかずきが甘えかかる声がする。
その猫を抱き上げ、抱き締めたその姿に、一騎は胸が締め付けられる思いがした。

 ほんの一瞬だったけれど。
俯いて猫を見た時の、総士の伏せた目が―――
猫に微笑みかけた、その横顔が、寂しげに見えた。

 一騎は、急いで家に駆け込んだ。
「総士!」
「あ。お帰り。早かったじゃないか。カノンのところも済んだのか?」
「これから行くんだ。一緒に行こう」
「…一緒に? 一緒に行ってどうする」
「いいから。…かずきも…連れてって大丈夫だよ、きっと。ケージ、入れていこう」
「…どうしたんだ?」
「……いや…あの…」

 不審そうに眉を寄せる総士の手を、ぎゅ、と握り締める。

 俺ってば。
何を、やっていたのだろう。
 人んちのことばっか、やってて。
総士を放り出して。
 
 猫ばかり構って、と言う自分は、それならどうだったのだろう。
人の家を手伝うことに忙しくて、その忙しさに自ら苛立ち、総士にまで当り散らしていたのだ。

 「あの…ごめん…」
「何が? あ、そうだ、一騎、靴下、あったぞ。
卓袱台の下にあった」
座布団の横に、片方ずつにされた靴下が二本、置いてあった。
 「…靴下、か。かずきもプレゼント、欲しかったのかな。煮干でも買ってきてやろうか」
ちょこん、と座っているかずきを抱き上げる。
「怒ったりしてごめんな、かずき。お前にも、プレゼント、やるからな。…お前もかごに入って一緒に来い。
いい子にしてたら極上の煮干、買ってやるぞ」


 猫のかずきをケージに入れて、日が沈みかける海岸線を、カノンの家に急ぐ。

「家に戻ったら今度はうちのツリー、出そう。父さんに電話して出しといてもらうよ」
「…あるのか」
「うん。小さいけどね。…一緒に飾ろう」

 一緒に、飾ろう。
何故、最初からそう言えなかったのだろう。

 一緒に手伝いに行けばよかったのだ。
総士は、一人でのんきにしていた訳ではなく。
自分ひとりが、空回りをしていただけだ。

 馬鹿だな、俺。

子供みたいだな、と笑う総士の手を取り、
「楽しいよ、そういうのも」
と、答えた。

 そう、楽しいのだ、どんなことでも。
二人で、やるのなら。

石段の坂道に、猫の鳴き声が響き、それに応えるように、ショコラの吠える声が響き渡る。
 クリスマスまで、あとわずか。






 
 



 







John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2005/12/13