月影・3
(裏)





 茶を点てていても気持ちは落ち着かず、書を読んでいてもまるで頭に入ってこない。

僚が来た時からだ。
落ち着こうとしてもますます気持ちは昂ぶってくる。
忘れたくとも、僚に言われた言葉の一つ一つが幾度も頭の中で繰り返され、泣きたくなってくる。


ちらちらとこちらの様子を伺うかのように思える早乙女の視線にしても、自分の内心の動揺を見抜かれているのでは、と変に気を回してしまう。

総士は読んでいた書物をぱたんと閉じた。

「ご就寝になられますか」
「ああ」
出来るだけ早乙女の方は見ないようにして立ち上がる。
「明日は書の先生がお見えになります」
「判っている」
いつもなら寝る前の少しの時間、こうして早乙女から明日の予定をきっちりと聞いておくのが習慣になっている。
今はそれさえ鬱陶しい。

「明け六つに起こせ。詳しくはその後で聞く」
「は」
きっと怪訝な顔をしているに違いない。
眉を寄せているのだろう。総士は振り返らず寝所に入り、障子を閉めた。

いつもならここまで一騎がついてくる。その後、一騎は寝所の床下に入るのだ。
それだけで安心できたのに。
「一騎」
小声で呼んでみる。
いつもならそれだけで一騎の返事が聞けるのに。
寝所はしんと静まり返ったままだった。
総士は小さく息を落とし、布団に入って体を丸めた。



 総士は比較的寝起きはいい方だ。僚もそのくらいのことは知っている。
その総士が何度も寝返りを打ち、寝付けない様子でいるのを僚は天井裏から見ていた。

やがて、寝息が聞こえた頃、音も立てずに部屋に降り立つ。
そっと総士の脇にまで行くとその頬に指を触れた。

「誰だ」
かすれた声がした。寝入りばなだったのだろう。幾分機嫌は悪そうだった。
「私です」
「……僚か?」
「はい」
「どうした」
起き上がろうとする総士の肩を軽く抑える。
そのまま自らも総士の隣に体を横たえた。

「眠りが浅いようで」
「……そんなことはない」
障子越しに差し込む月の灯りの元、瞳だけがきらりと光っている。その目にかかる前髪をそっとかき上げる。

「一騎がいなくて眠れませんか」
「そのようなことは」
うろたえたように小声で答える総士の首を抱き起こし、引き寄せた。
「若。若は何か悩みを抱えてらっしゃいますな。ご自分が病気ではないかと仰られた」
「……」
返事はなく、ただ小さく頷くのが判った。抱え込んだ頭がこくり、と動く。

片手で頭を抱え込んだまま、もう一方の手を下の方に滑らせ、軽く下帯に指をかけて素早くそれを解いてしまった。
「え?」
一瞬置いてから気がついたらしい、総士は目を丸くして体を引き剥がそうと胸を押してきた。
「何をする」
「しっ。声をお立てになりませぬよう」
身動きが出来ぬよう、さらに強く抱きしめ、総士のそれを握りこむ。それは硬く張り詰めていた。
「これは…ご立派な」
微笑みかける。総士は大きく肩を喘がせてそっぽを向いた。

「時々…」
その声はいつになく弱々しく、そして震えていた。

「時々……こうなる……私は……これは何かの病なのではないか?」
今にも泣きそうに訴えるその様子に僚は哀れみさえ覚えた。

 誰もこうしたことも教えなかったのか。

普通の子供でもあれば遊び仲間の中で、あるいは父親などから自然と教わることもあるだろう。

この家中ではそれは早乙女の役目、のはずだった。

「ご心配は要りません」
勤めて優しく声をかけ、抱き締める。
抱き締める一方で総士のそれを指でなで、手の平に包み込む。

「これは男子であれば誰でもなるものです」
「…そ……そうなのか?」
まだ声は震えている。本当に不安なのだろう、強く抱いても抗いもせず、逆にすがり付いてくる。

「一騎の」
ひと言を言っただけで腕の中の体が大きく揺らいだ。
「一騎のことを考えるとおかしくなると仰せられたが……この……?」
肩を掴んでいる指先に力が篭る。こく、と小さく頷いたのが判った。
「だから」
かすれた声がした。
「私はきっとおかしいのだ……どうしたらいい?
どうしたら治る?」
すでに泣き声になっている。
「おかしくなどない」
僚はついに言葉遣いも変えた。

 いつも傲岸とさえ思えるような態度を取っている総士の、その歳相応の、子供のままの泣き顔に胸が詰る。
自分からすればそれは笑いたくなるほどに些細なこと、といえた。
しかし、その些細なことを彼は誰からも教えられず、また自ら知るすべもなく一人で悩んでいたのだ。

「大丈夫だ、これは病気などではなく」
言葉を切り、しばし考える。言っていいのかどうか、迷ったのは一瞬だった。
「好きな人のことを考えてこうなるのは当たり前のこと。俺も同じだ、総士」
わざと総士、と呼び捨てにした。
一騎が二人きりでいる時に総士をそう呼んでいるのは知っている。
そして今、僚は出来るだけ総士に自分の顔を見せないようにしていた。
その方が総士も安心できるだろうと考えてのことだった。

総士の指がきゅ、と肩に食い込む。その指先も愛しい。
一人で心細かったのだろう。
ゆっくりと強弱をこめて指先と手の平を使い、総士のものをさすってゆく。
「あ」
小さく声を上げた。肩を掴んだ指ががくがくと震える。
「あ……離せ…はな…」
上ずった声は速く、荒い呼吸にかき消された。
強くわき腹を抱き締める。掴んでいたものが大きく脈打ってやがて温かいものが包んでいた手の平を濡らした。

手早く股間を拭う間、総士は放心したように宙を見つめている。その瞳は潤み、胸は大きく上下していた。

 まだこれだけでは終わらないのだ。
僚は腰にいつも下げている小さな袋を外し、中からさらに小さな、黒塗りの器を取り出した。
素早く指先にその中のものを塗りつける。
忍びの間に伝わるもので、傷薬にもなる油の一種だった。

まだ荒い息を繰り返す総士の体を仰向けにさせ、後ろから抱えるように抱き締める。
「失礼」
その口に手ぬぐいを噛ませた。驚愕したように見開かれた瞳とぶつかる。
「もしかしたらちょっと痛いかもしれないので」
僚は微笑みかけ、総士に答える間を与えず、後ろに指を滑り込ませる。
手ぬぐいを取ろうとしてもがいていた総士の動きが止まった。

 指は、油のせいもあって滑らかに中に入っていった。
ゆっくりと傷つけないように気をつけながら指を回す。
総士の腹が波打ち、足が頼りなく揺れる。
再び勃ち上がってきたものを片手で掴み、愛撫しながら後ろに入れた指をさらに深く潜らせる。
ふと、太ももに痛みを感じて見てみると総士の指が僚の太ももを着物ごと硬く掴んでいた。
そしていつしか、総士の腰は円を描くようにゆっくりと動いていた。

「……」
その様子を見つめ、僅かに頷く。
さらに指を深く入れ、ゆっくりと、大きく動かした。
抱えていた細い体が大きく痙攣し、着物に白いものが散った。


布団にも飛び散ったものを手ぬぐいで拭い取る。
きっとこれらは早乙女がうまく処理することだろう。

総士はくったりと布団に体を横たえたままだった。
そっと髪を撫でる。潤んだ瞳には恨めしそうな色があった。
「男になりましたな、若様。おめでとうございます」
「そう……なのか……?」
僚は頷いた。
「若様の身辺はいろいろと……煩わしいことが多すぎました。これからは少しは静かになるでしょう。
もっと我儘を言われてよろしいのですよ。……一騎を召しなされ」
「……え?」
横になったまま、きょとん、と丸い目を向ける。
「こうしたことは本来、好きな人となさること。
若様は初めて故、私がお手伝い申し上げましたが。
なに、誰でも最初は同じですよ」
「……でも」
「なんです?」
「一騎には言い交わした人がいるのだろう?」
「……」
思わず笑みが洩れる。

修行だ、と言ってあるのにわざわざこのようにいう、というのは、どうにか自身でそのように思い込むことによって一騎を諦めようとしているようにも思えた。

「女どもは帰しました」
「……え」
「若様が一騎をお好きなら女どもは不要。
ゆえにすでに引き取らせてございます。
一騎の方も若様がおられぬと夜も日も明けないような様子なので」
軽く笑い、まだ子供っぽさの抜けない体に布団をかける。
「さあ。ゆっくりお休みなさいませ」

寝息が聞こえるまで、僚はしばらくそこにいた。
完全に寝入ったのを見て取ると音もなく飛び上がる。
やがて、闇に飲まれるように天井の隅に姿を隠していた。























John di ghisinsei http://ghisinsei.sakura.ne.jp/

2009/03/11