月影・5
聞こえていた水音が途絶える。
魚はどこかへ行ってしまったのか、それとも一騎の熱い息遣いに消し去られたのか。
頭の芯までぼうっとしてくる。
「違う」
間近で囁く声とともに、熱い息が首筋に吹きかけられる。
「俺が好きなのはお前だけだ」
吐き出すように一気に言うと再び、強く抱きしめ、口付けてくる。
背後は壁で、両脇はしっかりと抑えつけられ逃げ場はなかった。
熱を持った唇が首へ、そして着物を肌蹴て肩の方にまで押し付けられる。
合わせた胸から一騎の速い鼓動が伝わってきて、その響きに目が回りそうだ。
下肢に熱いものを感じて、総士ははっとした。
一騎の手が着物の裾を割って滑り込んでくる。自身のものを握りこまれて総士は思わず小さくうめいていた。
一騎の熱いものが足の間に割って入ってくる。その熱さに、膝ががくがくと震えた。一騎の肩にしがみ付き、足で一騎のものを挟み込む。自身のものも一騎の足に締め付けられていた。
目も眩むような快感が全身を貫いてゆく。
首にかかる、熱く、速い息遣いと僅かに洩れる一騎の声、抱きしめてくる腕の強さにくらっとした。
「あ……かず……き…っ」
掠れた自分の声がどこか遠くから聞こえる。
たまらなくなって一騎の背中に強く爪を立てていた。堪え切れなかった。同時に低い呻きが聞こえる。
腿の後ろに生温かいものが伝ってゆく。
肩にしがみ付いたまま、しばらくは恥ずかしさに顔を上げられなかった。
互いの弾む息遣いだけが聞こえる。
「総士」
荒い息の下からの一騎の囁きに、総士の体はびくっと震えた。
「向こう……行こう」
「あ……でも」
自分でも驚くほどに情けない声を出していた。
足の後ろに伝ったものが気になって動けない。一騎の着物も汚れてしまっているだろう。
「大丈夫」
声と同時に、ふわり、と身体が抱き上げられる。
ここに入ってきたときには気にしていなかったが、すぐ横に襖を隔ててもう一つ部屋があった。
そこにはすでに夜具が整えられている。小さな燭台が灯るだけの、薄暗い部屋だった。
柔らかな布団の上に寝かされ、次に起こるであろう事を予想して、自然と動悸が速くなる。
「力抜いて、総士」
頬を撫でる一騎の手の平も熱い。次いで、唇が重なってくる。
総士は夢中になって一騎を抱きしめ、貪るように舌を絡めた。
と、下半身にひやりとしたものが触れて身体がすくむ。
「……一騎……?」
一騎の肩を押し、絞り出した声は震えていた。
「少しの間だよ、総士。お前が痛くないように」
「……!」
後ろに指が滑り込んでくるのが判って息を詰める。
もう、何も考えられなくなっていた。
僚に渡された油は、いつもは傷の治療に使っているものだった。ただ、今回のものはいつもと違う何かも入っているらしい。
それが何であるかは、僚は教えてはくれなかった。
それでも、何となく判るような気がしてきた。
総士の足を高く上げさせ、後ろにその油をつけた指を滑り込ませる。丁寧に塗りこむうちに総士の様子がだんだんと変わってきていた。
萎えていたものが再び頭をもたげてくるのを見て、一騎は満足した。
一方の手は休まないまま、もう一方でそれをそっと愛撫する。
総士の中を探る指は、滑り具合を確認しながら深く浅く出入りを繰り返し、さらにゆっくりと回転させる。
容器の中の油はすでに半分以上使ってしまっている。
だんだんと、中が熱くなってくるのが、それにつれて総士の息が上がってゆくのがわかる。
見ている一騎の息もまた速くなっていく。
指を動かすたびにうねる総士の細い身体や、切れ切れに聞こえる嬌声に耐えられなくなってきていた。
片方の手でゆっくりと腹を撫でる。
「総士」
うっすらと開けられた総士の目は潤んでいた。
薄暗い燭台の下でも目元が赤くなっているのがわかった。
ごくり、とつばを飲む。
一騎は静かに総士の中から指を抜いた。
総士の腹が弾み、同時に小さく声が聞こえる。その声が誘っているようにも聞こえて、堪えきれず、すぐさま自分のものを押し当てていた。
互いの速い呼吸だけしか聞こえてこない。
下半身が熱い。焼けるように熱い。
総士は堪えきれず、身体を反らしていた。目を開けているのか閉じているのか自分でも判らなかった。
ぐるぐると渦を巻くように見える景色がこの部屋のものかどうか、判らなかった。
ただ、熱くてたまらなかった。
一騎の手の平が脇腹をなでてゆく。身体を揺さぶられ、痛みと快感に総士は思わず声を上げていた。
その声さえも自分のものかどうかも判らない。
何故、このような。
激しい痛みと、泣き出したくなるような快感。
さらに、考えられないような辱めを受け、されるままになっている自分、というものに喜びを感じる。
何故なのか、判らなかった。
総士の知る狭い世界の中ではこのように扱われることはなかったのだ。
誰もが総士の思い通りに動く。少し前に忍んできた僚にしてもここまでの辱めを自分に与えることはなかったのだ。
「総士……!」
叫ぶような、泣くような一騎の声とともに動きは激しくなり、痛みも増す。
総士は歯を食いしばって痛みに耐えていた。痛み以上に、嬉しかった。
限りない喜びが、痛みを快感に変えていた。
瞬くような燭台の光は夜具に映る影を揺らす。
一騎の力強く、厚い胸はまだ大きく喘いでいる。
ゆったりとその胸に体をもたせ掛ける。
身体はまだ熱く、痛みも残っている。しかし、それ以上に安堵感があった。
これほどのやすらぎを、総士は今まで知らなかった。
自分の行為が甘える子供のようなものだ、ということを総士は知らなかった。
そのように誰かに甘えたことなど、今までなかったのだから。
「気持ちがいいな」
頭を擦り付け、呟く。一騎の問い返す声がした。
「こうしてもたれていると……気持ちが良い」
笑い声がして胸が揺れ、そこに乗せていた頭も揺れた。
肩を一騎の手がゆっくりとなでてゆく。引き寄せられ、そのまま口付けられた。
もたれていた胸はなくなり、再び布団に転がされる。
「総士」
じっと見つめる一騎の瞳が燭台の細い灯りに煌いている。
「……俺が好きなの、お前だけだ」
またも、身体が疼くのを感じて総士はつい横を向いていた。
くい、と顎を捕まえられ、抗議する間もなく唇を塞がれる。
喜びに胸が震えた。まだ、彼を求めていた。
自分でも泣きたくなるほどに。
浅ましさに、自らを罵りたくなるほどに。
数日を総士は寮で過ごした後、館に戻った。
折りしも弓が伊予に向けて発とうとしているときだった。
生まれた子供は国元には連れて行くことは許されない。
翔子の許へと引き取られていった。
総士のもとに、剣司がやってきた。剣司は弓の警護をして国元へ赴くことになっている。
「お前がいなくなると……寂しゅうなるな」
まるで嘘でもなさそうなその言葉に剣司は、はっと頭を下げた。
「もったいないお言葉。また時にはこちらに参ります」
幼い頃からともに遊んだ仲だ、主従の関係を抜きにしてそこには深い信頼がある。
総士の許を辞して後、剣司は苦笑した。
「若からあのようなお言葉を聞くとは。変わられたものだ」
早乙女はむっつりと黙り込んでいる。ちらり、と一騎の方を睨む。
その両者を見比べて剣司は噴出した。
「若も落ち着かれたようで何より。では。行って参ります」
「おお。お気をつけて行かれよ」
思い出したように微笑む早乙女の姿に、剣司は廊下を行きながらまた、笑った。
John di ghisinsei http://ghisinsei.sakura.ne.jp/
2009/04/18