彼方へ・3






 
   体が押し潰されるような痛みの後に、今度は全身、針で貫かれるような痛みが走った。
 自分の悲鳴を聞きながら、祐哉は意識が混濁してくるのを感じた。
明滅する光の中に様々な映像が浮かんでは消えてゆく。
それは、自分と同じ年のころの父の姿だったり、母の姿だったりした。
祖父や、今はもう、いなくなってしまった両親の友人たち。
氷に覆われた平原や、渦巻く海。

作りかけの模型のことが、思い出された。
 部品、出しっぱなしだ。
もし、この戦闘が家の近くまで及んでいて、部品がどこかへ行ってしまっていたらどうしよう。
 切れ切れの意識の中で、そんなことを思う。
そして、自分がもしも死んでしまったら、あれはどうなるのだろう、と思った。
誰かが作ってくれるだろうか。
それとも、捨てられてしまうのか。
 父の教科書。
わずかに記憶に残る、母の面影。
それらも、失われてしまうのだろうか。
 再び、景色は氷の平原に移る。
戦っているのは、父だ。
 渦巻く海を行くのは、あれは、誰だろう。


 それは、とても長い時間に思われた。
 ――― 祐哉。
呼び声に、我に返る。
「……は…あっ…」
荒い息を吐きながら、そっと目を開けてみる。
血まみれかと思ったのに。
鼻の頭を汗が伝い、ぽたぽたと流れ落ちる。
体は、痙攣を繰り返していた。

 「大丈夫か?」
祖父の声ががんがんと頭に響く。
ノイズが頭の中を駆け回っている。


『祐哉…よくやった』
「……あ…? あれ…」
目の前に抑え付けていたはずの、それ、は消えていた。
青い海だけが目の前に広がっている。
「…消えたの?」
『もう大丈夫だ』
静かな声を聞いたのを最後に、意識は途切れた。








 静かな、機械の唸りだけが響く部屋に、里奈の呟きが広がった。
「…敵…消滅を確認…」
呆然とした声だった。
同時に、モニターに映っていた一騎が、椅子から崩れるように落ちて行く様子が見える。
「医療班を呼べ、すぐに」
「はい!」
里奈はすぐに待機させてあった医療班に指示を出した。同時に、静かだった室内がざわめき始める。


 史彦は島全域の無事を確認した後、まず、美久のいる治療室へと向った。
そこには、素肌に上着を引っ掛けた姿の栄治がいた。
美久の眠るベッドの横に座っているその姿は、一瞬、昔の剣司を思い起こさせた。
おそらく、着替えもそこそこに駆けつけたのだろう。

「…司令…」
「…栄治君…大丈夫かね」
「僕は大丈夫です。あの、どうなりました? 祐哉は?」
「…無事だ。美久は…眠ってるのか?」
「ええ。薬で」
手元に握っているメモに目を落とす。
「半日くらい、眠ってるらしいです…。
あの、ショックが…お父さんたちが目覚めた、っていうのが…ショックだったみたいで…混乱しちゃって」
「……そうか……」
 そっとベッドの脇により、青白い頬にそっと触れてみる。
それは、冷たく、思わず手を離しそうになって史彦は慌てた。
 ともすれば沸いてこようとする怒りを、史彦は、懸命に押さえつけた。
 これは、あくまでも結果に過ぎないことなのだ。
自分にも、親のエゴがあるものらしい。
 思わず、苦笑する。
常にそれらを遠ざけようとしていたにもかかわらず、そういった努力とは無関係に感情の発露は押さえが利かなくなることがあるらしい。

 何よりも。
一番ショックを受けているのは美久よりも総士の方だろう。
まさか、このような結果になるとは思っても見なかったのだろう。

「栄治君、君も一応、検査を受けるように」
「はい。でも、もう少し…いてもいいですか」
おずおずと上目で尋ねる栄治に、つい、噴出しそうになった。
「…ありがとう。そうしてくれれば美久も喜ぶだろう…でも、君の体も大事だからね」
「はい、ありがとうございます」
その笑顔に、本当にこの子は父親に似ているな、と思った。
その素直さも。
誠実さも。

 静かに扉を閉め、今度は総士がいる筈の部屋に向う。
 総士には、剣司が付き添っていた。
カーテンを隔てて別のベッドには、一騎も寝かされている。
医療スタッフは音も立てずに慌しく行き来していた。

 「総士君は…目を覚ましているのか?」
「はい、ついさっきですけど…」
剣司は気遣わしげにこちらに背中を向けている総士の方を見た。
「…あの…美久ちゃんのことは…総士も分かってるから…触れないでやってください…」
俯きがちに、呟くように言う。
「ああ…分かってる…それで…いつ頃なら話せるか、聞いたかね?」
「はい、半月もすれば、と言ってました。
薬も効いてるみたいですし。一騎の方はもしかしたら時間、かかるかもしれませんが…」
「…そうか…」

 そっと、総士の方を覗き込む。
今は、眠っているようだった。
ひどく憔悴しきったその顔は、それでも懐かしく、そして、愛しい。
ほんの一瞬でも美久を混乱させたことを恨みに思ったことを後悔した。
彼は――― 彼女は、子供を救おうとしたのだ。
おそらくは一騎がそうしたように。
ただ、美久の方が受け入れられなかっただけなのだ。

 一騎の眠る部屋では、遠見弓子がモニターを睨んでいた。
「あ、司令」
振り向いて、軽く笑みを浮かべる。
「今、お呼びしようと思ってました。
…一騎君、あれだけやったのに…深刻な同化現象は見られません…今のところ、ですが」
幾分、含みを持たせた言い方をしているのは、彼女の方も、こうした症例は扱ったことがなく、戸惑っているのだろう。
「しかし、何故一騎が同化できたのですか?」
何となく、答えを予想しつつも、一応、聞いてみる。
弓子は顔を上げた。
「…里奈ちゃんはなんて?」
「え?」
「ソロモンは何も?」
「…まだ迷っているようだ」
「…そうですか…これは私の勘ですが…ですから聞き流してくださいね。
…その…一騎君も総士君も…いわゆる、コア型、だと…」
眠っている息子の横顔を見つめ、モニターでの様子を思い出そうと試みる。
「…かつての…皆城乙姫と同じ、と言うことですか? それにしても、瞳は…」
 一騎も総士も、もしかしたら見落としただけかもしれないが、瞳は以前と変わりがなかったように思う。
少なくとも、乙姫とも、甲洋とも違っていた。

マスター型、と言われた紅音とも、違って見える。
 しばらくモニターを見ていた弓子が、
「もしかしたら…新種…になったのかも知れませんね…」
と、躊躇いがちに呟いた。



























John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2006/03/29