コトブキ計画・2
「あっ、真壁副司令」
「はい?」
CDCを出ようとした史彦は、モニターと睨めっこしていた要澄美に呼び止められた。
なんだか、やけににこにこしている。
「このたびは、おめでとうございます。末永くお幸せに」
「……は?」
「皆城司令からご婚約の内祝いが届きました。お式にはぜひ出席させていただきますわね」
「!!!!! ……皆城―――――――っっっ!!!」
要澄美をそのままに、史彦は脱兎のごとくCDCから走り出た。
行き先はもちろん皆城公蔵が入院している医療ブロック。
エレベーター以外は一度も止まらずそこまで走り抜けると、史彦は病室のドアの前で息を整えた。
やっぱり若い頃の体力のままというわけにはいかないらしい。
それから思い切ってドアをあける。
中には、案の定、皆城総士がいた。
どうやらリンゴを剥こうとしているらしいが、その包丁の持ち方からして指導されるべきだろう。
皮に対して水平に置かれるべき包丁の刃が、かなり大きな角度で突き刺さっている。
皮は驚くほどブ厚く剥かれていて、そのままでは食べるところは大して残らないと思われた。
指を切らなければいいが。
だが、そんなことは、この際どうでもいい。
「皆城っ、……これはどういうことだ?」
「おお、真壁か。どうしたんだ? 息せき切って」
相変わらず全身包帯まみれだ。
鎮痛剤の効果で痛みはないのだろうが、仮にも瀕死の重傷を負った司令官がこんなにのほほんとしていていいものだろうか、と史彦は眉を寄せた。
極力傷に障らないように、抑えた声で訊いてみる。
「……内祝いってなんのことだ」
「ああ、なんだ、そのことかね」
「そのことじゃないだろうっ! 私に一言の相談もなく!」
「そんなはずはない。一騎くんにちゃんと伝えるように話してあったが」
「あ……父さん、一騎はここずっとうちに泊まってたんです。だから副司令にお話しするのが遅れたのだと……」
「なんだ、そうなのか? そうならそうと、お前もしっかりしなくちゃいけないだろう。婚約したのだから、もういつまでも子供の気分のままでいてはいけないぞ」
「……はい……」
「……総士くんが婚約? それは……おめでとう」
ということは、内祝いというのは総士の婚約。
ということは、驚天動地の自分と皆城公蔵の婚約(!)などという恐ろしい事態ではなかったらしいと史彦は安堵した。
だが、だったらなぜ、自分が祝辞を云われたのだろうか。
「ありがとうございます」
総士は俯いて、ぽっと頬を染めたのが意外だった。
可愛いところもあるんじゃないか。
「これで私とお前は晴れて親戚だ! これからもよろしく頼むぞ史彦」
「……って、総士くんの婚約相手って一騎か?!」
「決まってるだろう。本人同士、いいと云ってるんだから」
くらぁ、と史彦は足元がおぼつかなくなった。
うわぁー。
未来の嫁は美少年なのか。
史彦は額を押さえた。
いや、そうじゃない。
一騎が嫁に行くのだったらどうするんだ!
並べてみると、どうしても果断な決断力とか行動力とか、一騎よりも総士のほうが勝っているように見えるのだ。
「みっ…皆城、……その、……跡取り問題は解決しているのか? 一騎も総士くんも一人息子だぞ」
「なに、うちには乙姫がいるからね。島のコアが惣領なら、なにも問題はなかろう」
「そ、そうか……」
史彦は密かに胸を撫で下ろした。
どうやら嫁は総士で決着しているらしい。
それはそれで微妙な気がしたが、若い者同士納得しているのならばそれでいい。
百年も前に法的に認められた同性婚なのだから、今さらとやかく云うことでもない。
史彦は納得することにした。
「こんにちはー。……あれ、父さん、来てたの?」
史彦の背中から一騎が首を出した。
「お、お前っ……………………婚約したいのならそうと、ちゃんと先に父さんに話をしなさい。まだ中学生なんだぞ」
「あ、うん、ごめん。クロッシングの調整のことで総士とずっと話があって」
というのは表向きで、結婚生活についての夢と希望を語り明かしていたので、一騎も総士も寝不足だった。
「えっと……その、もしかして父さん、反対だった……?」
「いや…………そんなことはないが。なにせ、今初めて聴いたんだぞ」
「あ、うん、ごめんね。総士の気が変わらないうちにと思ってさ」
「一騎、僕はそんないいかげんな気持ちで、こんなこと決めたりしないぞ!」
「わかってるってば。でも本気で嬉しかったから、善は急げで」
「……わかった。おめでとう一騎。皆城、退院したら正式に結納を交すことにしよう」
「おお、では、ついに私のところへ来るのを決心してくれたのかね?」
「! 違うっ! なんでそういう話になるんだ。一騎と総士くんの話だろうっ」
「二人ならもう正式に婚約しているぞ。近藤、小楯夫妻を立会人に」
「どうして一騎の親である私を呼ばないんだ! 順序が間違ってるだろう!」
「ああ、すまん。忘れていたわけじゃないんだが、お前ずっとアルヴィスに詰めてただろう?」
(……忘れてたな……)
史彦はがくりと肩を落とした。
昔からそういうやつだ。
頭と行動力は目一杯あるくせに、自己中心的で他人の意見をなかなか聞かない。
そのくせリーダーシップは強烈だから、ヘタをするとアルヴィス全体が皆城公蔵の私兵化する恐れだってあったのだ。
そして対立した日野洋冶、ミツヒロ・バートランドらは島を出て行った。
「総士、俺たちは失礼しよう。父さんは司令と話があるんだろ?」
「あ、そうだな。父さん……あの、これ。うまく剥けなくて……」
皮を剥いただけなのに半分以下にほっそりしてしまったリンゴを、下を向いたまま総士は父親の前に差し出した。
だが、公蔵は包帯まみれの顔でにこりと目を細めた。
「ありがとう。嬉しいよ。誰だって最初からうまくいくものじゃない」
なにせ、総士は一騎と違って台所で包丁を持ったことがない。
総士を猫可愛がりするあまり、危険と思われること一切から遠ざけてきた父親だった。
危険なのは将来ジークフリードシステムの中にいる時だけでいい。
だから、男の子ならナイフや武器に興味を持ったりする時期もあるだろうに、総士にはそういう傾向はまったくなかった。
代わりに与えられたのは女の子のように可愛らしい衣服と、アクセサリー、綺麗な色のカーテンとベッドカバー、色とりどりの花、本とクラシック音楽と人形、それから抱き枕にもなる等身大テディベア。
テディは総士の成長と共に次々に新しいものが購入された。
乙姫を手許で育てられないストレスの反動なのか、蔵前果林を引き取ってからも、どちらが女の子かわからない環境に生息していたのは間違いない。
「では一騎くん、総士を頼むよ」
「まかせてください」
一騎もにっこり。
総士の家までの道のりは目を瞑っていてもわかる一騎だったりした。
「じゃあね父さん。お義父さんと大事な話、あるんだろ?」
「大事な? いや、差しあたってこれということは……」
「将来のこととかさ。だって父さん、プロポーズされてるんだろ?」
「違うぞっ! それは大変な誤解だ!」
「俺と総士のことならそんなに心配いらないから。いつまでも子供じゃないんだし」
「そうだぞ史彦。若い者は若い者同士ちゃんとやっていけるんだから」
「まぜっかえすなーっ!」
真壁史彦は浅黒い肌に血色を上らせ、肩で息をしながらベッドの上の重傷患者に思わず掴みかかりそうになった。
「スキンシップはほどほどにね。お義父さん、まだ動けないんだから」
「待て一騎、こらっ……」
「では、父さん、副司令、おやすみなさい」
背中でシュッとドアが閉まると、一騎は歩き出しながら思案顔で総士のほうを覗き込んだ。
「なあ。うちの父さんがお前の父さんと結婚したらさ、なんて呼ぶ? 俺の父さんだからお義父さん? それともお前の父さんの後妻だから、お義母さん?」
「僕もそれを考えていたところだ」
歩きながら二人してうーん、と唸る。
悩ましい問題だった。
ちょうどその時、廊下の向こうからドスドスと音をたてて走ってくる人影がひとつ。
清潔な医療ブロックなのに音だけで埃が立ちそうだ。
「あれ、溝口さんだ」
「あっ、一騎、総士! 真壁見なかったか?!」
「父さんなら皆城司令の病室です」
「なにっ、やっぱりか! 婚約したとかしないとか……早まるな真壁ーっ!!!」
溝口の姿はそのまま病室に消えた。
「…………もしかして三角関係とか……?」
「……大人の人って難しいんだな」
またしても悩ましい問題にぶち当たってしまった若者たちだった。
(2005.04.15脱稿)
キリ番103746のリクエストです。
ゲッターはJohn様。
2005/04/16
昨日、しおりさんとこでキリをゲットしましてvvv
もらってきましたー♪ これ、実は「コトブキ計画1」というのがありまして
それの続きです。しおりさんとこの拍手ネタv
皆城パパが、総士を一騎にやる代わりに、一騎のパパをくれ、という(笑)
一騎は二つ返事でOKvとゆー、ぐれいと!な短編(爆)
しおりさん、ありがとうございました!!!