子供の時間・1
薄暗い会議室を大モニターの青い光だけが照らしている。
その光の中、総士は目の前の小さなモニターを睨んでいた。
送られてきた回答に苛立ち、またもキーを叩く。
再度、回答が来る。
総士はため息をついた。
天井をしばらく見つめ、大きく息を吐いてキーに向き直る。
これで何度目だろう。
マークザインの出力を今少し上げることは可能か――― 理論的には可能だが、そのための微妙な調整が上手く行かない。
フェストゥムもだんだん巧妙になってきている。
今のままではいつか負ける―――
その危機感から会議でマークザインの出力を今、抑えているものから少し解放したらどうか、という意見が出たのだ。
他の機体との連携、各ファフナーの特性やパワーを調整することは出来ないか、ということで今、メカニックの面々も何日もこの問題に取り組んでいる。
総士も冬休みに入ってすぐから、この問題にかかりきりになっていた。
目を擦り、時計を見る。時計は十一時を指していた。
そろそろ寝ておかないと明日に響くな。
こうしている今も、島が襲撃されないとは限らないのだ。
電源を切り、立ち上がる。入れておいたコーヒーはすっかり冷めて、縁に白い筋が浮いていた。
廊下には人の気配もない。
しかし、隣の会議室ではまだ史彦が仕事をしているはずだった。
そうっと廊下を行き、エレベーターの前までやってきた時―――
いきなり人の気配を察して飛び退いた。
同時に、影が躍り出てくる。
「おめでとう総士!」
「……!」
驚きに声も出ない。
いきなり人が出てきたことに驚いたあまり、それが誰なのか、認識が遅れた。
「……一騎……?」
ようやくそれが一騎であることを思い出す。
「脅かすな……心臓が止まるかと思ったぞ」
「ごめん。でもここしか……仕事中は悪いかな、って思って」
「今ならいいというわけでもないだろう。それになんだ、その格好は」
今になって気がついた。
一騎は頭に大きなリボンを乗せていた。
それも、女の子がつけるようなものでもない。これほどに大きなものは漫画でなければお目にかかれないだろう。
「何をバカな真似をしている」
「え、いや。お前の誕生日だろう?」
「…あ? 誕生日? それがどうかしたのか」
疲れもあってつい、言葉も荒くなってしまった。
「お前の誕生日だよ。日付が変わってからのはずだったんだけどね。ちょっとフライング」
総士は苛々と一騎を見た。
日付が変わる頃、ということはつまり、零時過ぎまでここにいるつもりだったということか。
このように馬鹿な格好で。
「それでその格好はなんだ」
「うん、だからプレゼント! いやあの、何がいいのか思いつかなくて」
「そんなことを考えてるなら早く帰って寝ることだ。
もし今、襲われたらどうするんだ」
「……あ……うん……」
大きなリボンを頭に乗せて俯くその姿に、きつく言い過ぎた、と唇を噛む。
やり方はどうあれ、自分の誕生日を祝いに来てくれたのだ。
「とにかく早く帰って体を休めておけ」
言い捨て、自室に向かって歩き始める。
歩きながら、自分が言いたかったのは違う言葉ではなかったのか、と自問し続けていた。
わずかな痛みとともに、何か違うことを言うはずだったような、でもそれが思い出せないようなもどかしさを覚える。
しかし、部屋について着替えを始めたころにはすでにそのようなことは頭になかった。
あるのは明日のスケジュールと、朝一番で作成しなくてはならない報告書のことだけだった。
すんだ冬の空気の中で月は青い光を放っていた。
部屋の中まで届く光の中、一騎はリボンを投げ上げた。
ふわり、と浮いたリボンを片手で受け止める。
完全に外したなあ。
今が大変なことは一騎にもわかっていた。総士が何をやっているのかもよく知っている。
でも、そんな時だからこそ、息抜きをして欲しかったのに。
馬鹿な格好をした自分を笑って欲しかったのに。
再び、リボンを投げる。
受け止めたリボンを手に、そのまま布団に転がる。
ろくに片付けていない部屋の中、月明かりに浮かぶリボンの優雅な影は不釣合いで、それは今の自分にも思えた。
どうしたら笑ってくれるんだろう。
せっかくの誕生日なのに、作る予定だった料理も中止になり、材料だけが大量に余ってしまった。
あの材料で何作ろう。
転がったまま、何度となくリボンを投げ上げる。
きっと、自分は総士の目にはお気楽な人間に見えたことだろう。
呆れたような目つきを思い出すと胸が痛む。
しかし、それ以上に妙にとげとげしかった総士が見ていて辛かった。
総士の誕生日は結局何もないままに終わり、その年はもう終わろうとしていた。
今度は正月か。
しかし、正月だからといって島の今の状態が変わるわけではない。
皆、常に緊急事態に備えながら正月の準備を進めていた。
出撃の合間に松飾りや鏡餅を用意する、というのは滑稽な気もする。
それでも、今までも大人たちはいつもそうして来たのだろう。自分たちが知らなかっただけで。
総士は知ってたんだな。
モニターを睨む総士の厳しい横顔を見る。時折、史彦と言葉を交わすくらいで、あとはたまにキーを叩きながら黙って画面を見つめている。
自分たちが何も知らずに正月だと浮かれていた頃。
彼は何を思っていたのだろう。
「な、総士」
思い切って声をかける。
「なんだ」
モニターを睨みながらの返事だった。
「なんか飲む? 俺、喉渇いたからジュース買ってくる。お前のも良かったら買ってくるよ」
「あ?」
初めてこちらを見た。
「ああ。じゃあ、コーヒーを頼む。ホットを」
「うん、わかった」
一騎は勇んで自動販売機にかけていった。
少しでも話が出来たのが嬉しかった。
飲み物なんかいらない、と言われるのでは、と思っていたのでほっとしていた。
コーヒーを受け取った総士はありがとう、と呟くようにいうともう自分の存在など忘れたかのようにモニターに釘付けとなっている。
それでも、一騎は満足していた。
知っていて知らない振りをする、というのも辛かったろうな。
初めてファフナーに乗れ、と言われたときのことを思い出す。
あの時、彼は訳がわからず戸惑う自分に苛立ちながらも、ほっとしたのではないだろうか。
これでもう隠さずにすむ。
そう安堵したのではないか、そんな気がした。
「総士、俺、今日はもう帰るね。正月はどうする?」
「判らん」
コーヒーの缶を口に当てたまま、モニターを見つめたままの、上の空の返事だった。
一騎はそれでも、
「正月、もし大丈夫だったらうちに来いよ」
と言うとCDCを出た。
正月。
もし、攻撃がなかったら総士を家に呼ぼう。
お節などはあまり好きではないが、お雑煮は好きだ。
腕によりをかけてお雑煮を作ろう。
一騎は真っ直ぐに家に走っていた。
John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/
2009/01/18