帰還・2
「まだ…ここから出てはいけないのか…」
落胆したように呟く総士の横顔は、もともと、中性的だったものが、今はまるで人形のようだ。
その口調は変らないものの、それでも、声は優しく、柔らかい。
ひと月にも及ぶ検査が終わっても、まだ部屋から出ることは許されていない。
一騎も、ようやく、ここに来て面会が許された状態だった。
「…ごめんな…早く出してやりたいけど…」
でも、千鶴をはじめとした医療スタッフは許してはくれない。
まだ目を覚ましてからそれほど立っていないから、と言われればそれまでかもしれない。
でも、理由は他にもあるような気がする。
「ひとりだと…どうしていいのか分からない…」
呟いた総士を抱き締めようとして ――― 一騎は慌てて踏みとどまり、出した手を、そのまま、壁についた。
「あの…あのさ…俺も…その…ここに来る…そうだな、前にお前が住んでた部屋に入ってもいいし」
総士は黙って、壁についた一騎の手を見ている。
「…総士…?」
ゆっくりと、総士は振り返った。
「そこで…俺も一緒に暮らせるのか…?」
どこか、憂いを含んだ眼差しにうろたえ、肩を抱き寄せて、今度は慌てて手を離した。
「あ。…ごめん…」
その肩が、余りにか細く感じられて、抱き締めたら折れそうな気がした。
自分の知っている総士は、いくらか線が細くても、それでも、自分と余り変らない体躯の持ち主だった。
余りに違いすぎて、その違いに、戸惑っていた。
行き所をなくした手が、はたりと落ちる。
その手を、総士の視線が追った。
総士は寂しそうに笑った。
「お前…気を遣ってるのか?」
「え…」
「…俺が…こんな体になって…みんな…腫れ物に触るみたいだ……みんな…」
「…総士…」
「俺は…どんな体になってもお前のところに戻れればそれで良かったのに」
言葉の終わりは、震えていた。
一騎は思わず、今度はもう、何も考えずに、思い切り抱き締めていた。
細い指が、背中を掴む。
「…お前しか…いなかったのに…」
「総士…ごめん…ごめん…」
それしか言えずに、ただ、抱き締めていた。
腫れ物。
確かに、そうかもしれない。
誰もが、余り総士の話題に触れたがらなかった。
一騎は、総士を自分の家に連れ帰るつもりで家を片付けていたのだが、それさえも、千鶴に反対された。
今は、普通の体ではないから、というのがその理由だった。
そのようなことは、分かりきっている。
それを承知で連れ帰ろうとしているのに。
今、ここにいてさえも、外出は厳しく制限されている。
そこには、何か他の思惑あってのこと、と思えてくる。
単に、体の変化、と言うだけではないだろう。
総士の背中を撫で、再び、ごめん、と言った。
ただでさえ、そんな状況なのに。
自分までが総士に対しておどおどしているようでは。
「あのさ、怒んないで、総士…あの、俺、ちょっと驚いてるだけなんだ…その…女の子って余り…触ったこともないし…当たり前だけどさ。
…だから…なんかどうしていいか分かんない、つうか…だって…ほんとにお前、折れそうなんだもん…」
困惑しきって、逆に開き直り、思ったままを口にした。
総士の体は、小さく震えている。
シャツの胸元が濡れていることに気付き、慌てた。
「総士…あの…泣くな…な? 俺…父さんに言ってみるから。
ていうか。どっちしても俺、一生お前のそばにいるつもりだし…」
震える長い睫と、その間からこぼれ出る涙に、胸が切り裂かれるようだ。
一騎は思い切り、総士を抱き締めた。
「大丈夫。今度こそ…一生、お前を守るから」
今度は、もう、手を離さないから。
John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/
2005/03/25
今のとこ、シリアス展開ですが。
両方やりたいですv