帰還・1
白い波が岩に当たって砕け、日の光を受けて煌きながらしぶきとなって散ってゆく。
短い夏が終わり、竜宮島に、また冬が訪れようとしていた。
一騎は、いつものように、海岸線をゆっくりと歩いていた。
総士がいなくなってからの、日課と言うべきか。
日課、は当たらないかもしれない。何しろ、暇があれば一騎はここに来ていた。
いつか、総士は戻ってくる。
焦りにも似た想いが、ここに来させる。
この海岸に来るとは限らない。
そう思い、総士との思い出のあるところは、残らず回って歩く。
総士、おかげで足が鍛えられちゃったよ。
苦笑して、総士に語りかける。
こうして、彼に語りかけることもまた、癖になっていた。
早く帰って来いよ。いい加減、歩くのも飽きた。
ふう、と息をついて、岩に腰を下ろす。
歩くのも飽きた。
待つことに、飽きた。
日々が過ぎることの、なんと遅いことだろう。
時間というものが、こんなにも重いものだったなんて。
総士。
海と空に、呼びかける。
総士、今日は帰るな。また、来るから。
一騎は立ち上がり、ゆっくりと家に向った。
竜宮島を移動させよう、と言う意見もあった。
一騎は、無論、強硬に反対した。総士が戻ってくるのだ。ここに。
この、場所に。
移動なんか、させるわけに行かない。
父を説得し、大人たちを説得し、何とか、寒いこの土地で総士を待つ、と言うことに同意させた。
一度は救出に成功しながら、その手を離してしまった。
慙愧は、深く胸をえぐる。
それが自分をして、こんなにも彼に執着させるのかも、知れない。
その日、初めて雪が降った。
一騎は、いつものように作業に余念のない父の後ろを玄関に向って歩いた。
「また行くのか?」
「うん」
「…風邪を引かないようにしろ」
「うん」
短い会話を交わし、石段を降りる。
雪は、小さな渦を巻いて、さらさらと降っていた。
まるで、花吹雪のようだ。
マフラーを引き上げ、まず、海辺へと向った。
堤防を歩き、そこから浜辺へと歩く。
岩場まで、まだだいぶある。風が強いせいだろう、いつもより波が高い。
海岸線に沿って、ぐるりと歩き、風に舞う雪を眺めていたとき ―――
不意に、見慣れない人影が目に入った。
白い服を着ている。
誰だろう。
一騎は少し足を速めた。
その人は、海辺に立っていた。
母、紅音。
そして。
その足元に、横たわる、総士。
「………」
叫んで、駆け寄る、と思っていたのに、足が、動かなかった。声も、出なかった。
「ようやく戻れるまでになった」
抑揚のない、声。
「…あ…かあさん…母さん?」
「この人間の望むように、ここに連れてきた。私は帰る」
母は、母の姿をしたものは、一騎に微笑むでもなく、それだけ告げると、すっと姿を消した。
「…総士っ!」
ようやく、叫びが出た。
足が動いて、駆け寄ることが出来た。
総士は、以前の、アルヴィスの制服を着たまま、そこに横たわっていた。
急いで、マフラーを取り、上着を脱いで体に被せる。
総士の体は冷たく、頬も、冷え切っていた。
泣く、と思ったのに。
すがり付いて、泣くはずだったのに。
総士の体を自分の上着とマフラーで包み、抱き上げながら、ドラマのようには行かないものだ、と、一騎はおかしな感慨を覚えていた。
とにかく、まずはアルヴィスのメディカルルームに運ばねばならないだろう。
そう思って抱いて歩きながら、妙な違和感を覚えた。
どこか、変だ。
どこが、とははっきり言えないのだけれど。
なんだか、妙に総士の体が柔らかい、と言うのか、線が細い気がした。
でも、もともとそういうやつだったし。
改めて、抱き直して ――― はっとした。
…胸がある…? え? まさか。
体勢を整えようとした時に、柔らかいものが当たったのだ。
まさか、と思いつつ、一騎はそっと、総士の上着の間から手を入れてみた。
慌てて手を引っ込める。
その手が、震えた。
間違いない…む、胸がある…。
嘘だ。これは、何かの夢だ。
でも、夢なら覚めて欲しくない。
どんな形であれ、彼が戻ってきてくれたのだから。
その日からしばらく、総士はメディカルルームで過ごすことになった。
まだ、昏睡状態にある。千鶴はその間に検査に没頭していた。
一騎は毎日、一日三回、メディカルに通い、花や総士の好きだった菓子を持っていった。
まだ会えないことは分かっていたけれど、そうせずにいられなかった。
その間、家の中も片付けて、いつ、総士が来てもいいように整えていた。
もちろん、父に反対されるのは目に見えていたけれど、
それは問題外だ。問題なのは、総士の気持ちだけだったから。
John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/
2005/03/25
まだまだ序章です。短くてすみません;