キジも鳴かずば






 窓に飾った笹が風に揺れて、涼しげな音を立てる。
さまざまな色の短冊が若草色の笹の葉の間でくるくると風車のように回っている。

 子供の頃を思い出すな。
ちゃぶ台に頬杖をついてぼんやりとそれらを眺めていた。
風も涼しく、過ごしやすい。天気も良いし、うまくすれば天の川も見られるかもしれない。


「一騎!」
響き渡った声に、一気に和やかな気分は吹き飛ばされていた。
操がどかどかと入ってくる。総士も一緒だった。
「お前か……父さんの許可はもらったのか?」
「うん、もちろん! 総士と一緒ならいいって」
総士は付き添いか。一騎はため息をついた。
「それで? 何か用?」
「用というよりも来主が大騒ぎをしててな。七夕料理食べるんだ、って」
「七夕料理?」
一騎は眉を顰めた。初めて聞いた。

「え、だって今日は何か御馳走じゃないの?」
操はきょとん、として一騎と総士を交互に見る。
「ごちそう?」
そんな予定は何もない。
一騎は総士を見た。
「なんかあるの?」
「いや……だから来主が」
「いったい何?」
操の声はどこまでも楽しそうだった。
「だって今日は七夕、っていう日なんでしょ」
「うん……そうだけど」
「何か御馳走があるんじゃないの? ごちそう、とは違うのかな。特別な食べ物」
ますます訳が分からない。

「何故七夕だとごちそう?」
「え。だっていつも何かある時には特別なごちそうがあるでしょ?」
操は至って真剣な顔で言っている。単に何か一騎の手料理が食べたいとか、ふざけているとか、そういうことではなさそうだ。
「一月一日にはおせちとお雑煮、三月三日にはえっと。菱形のお餅と桜餅だっけ」
「あー……」
ここに来て、一騎も操の言いたいことを理解した。
「そうか」
その言葉を操はどう受け取ったのか、
「ね、ほらやっぱりあるんだ」
どこか誇らしげに総士に胸を張って見せる。
「総士はそんなものはないって言ってた。でも俺は絶対ある、って思ってた」
「いやいやいや……」
思わず一騎は勢いよく手のひらを振っていた。

そんなものは少なくとも自分の知る限りはない。
もしかしたら総士が何か言ったのだろうか、と総士を見ると、総士もまた察したようにぶんぶん、と大きく首を振った。
「僕はそういったことに疎いからもしかしたらお前なら何か知ってるのでは、と」
「いや……知らないし」
「えー、うそだあ! きっと何かあるんだよ! じゃあ、あの笹団子、っていうのは?」
「笹団子……」
思わず総士を見る。
操の人間界における、雑多な知識の多くは総士によるものらしい。少なくとも、七夕ということに関してなら間違いなく総士からの知識だろう。
だから、総士がそう思ったか、あるいは総士の中の笹団子のイメージが七夕と結びついたものか。
「いや、あの」
総士の方は口ごもりながらも否定した。
「笹団子というものは前に何かのファイルで見て存在は知っている。しかし食べたことはない」

「そもそも七夕っていうのは」
説明しようとして諦めた。今さらここで七夕とはなんぞや、と説明したところで操は納得しないだろう。
そのようなイベントの時に特別料理がない、ということが今の彼にとって最重要事項なのだろう。

「本当に何もないの? えええ……」
操は本当に何かある、と心の底から信じていたらしい。そして、それが裏切られて酷くショックを受けているらしい。

―――― このようなことくらいでショックを受ける、というのも一騎には理解できないが。

と、総士が軽く袖を引いた。
「ん、なに」
「何か作ってやったらどうだ」
「え。だって」
「ないのは分かった。だから……笹団子でもいいと思うんだが」
「そんな……団子とかすごいめんどくさいし、っていうか、その前に俺、団子なんて作ったことないよ」
せいぜいが白玉くらいだ。
「そうか」
総士はしばらく考えていたが、やがて、
「では僕が作ろう」
と言い出した。
「えっ」
一騎は絶句した。
「ちょっと待って、なんで」
「団子くらいなら多分……どこかに作り方があるんじゃないのか?」
「団子くらい、って……」

くらい、と軽く言うが、団子というものは実は奥が深いのだろう、と一騎は思っている。
だからこそ、これまでも余り作ろうという気にならなかったのだ。

しかも。
ここからが一騎にとっては最も重要なのだが。

自炊しようという気すら起こさない総士が、操がちょっとだだをこねただけで作る気になっている。
「なあ、待てよ、総士。あのさ」
「なんだ」
「…………来主のために作るの?」
「そうだ」
「………………」
ますます問題だ。


「ちょっと待って、それだったら俺も食う。なんで操だけ!」
「もちろん作るならお前の分も作るぞ?」
なんだそのまるでおまけのような言い方は。
喉元まで出かかった言葉をぐっと堪える。

「待って、今作り方調べる! 俺も手伝う!」
これはもう、七夕の特別料理があるかないかなど、そのような問題ではなくなっている。
総士が作るものは自分が食べなくてはならない。

 一騎の頭の片隅に、『恋は盲目』『あばたもえくぼ』と言った、そんな言葉がちらっと現れて、消えた。
本当にちらっとだけ、なのだ。

一騎は古くなった料理検索用の端末をあれこれいじり回し、団子のレシピを探した。
笹は、七夕飾りの笹ではどうにもならないような気がするが、まあ、これはどうせ食べるわけではないのだし、なくてもいいことにしよう。

あれこれと探し続け、どうにか簡単そうなのを見つけて総士と二人で台所に立つ。

作業をしている間に、少しずつ頭も冷えてくる。
 総士の手料理か…………。
喜びよりも先に恐怖がたつのは何故だろう。

そして、面倒な、と思われるものほど自分に回ってくる。これも仕方がない。
総士は不器用なのだ。言い出したのだから、などと言ってやらせて怪我でもされたらたまらない。


 結局一番馬鹿を見るのは俺か……。
先ほどまでは総士の手料理を自分が食べる、と脳内お花畑だったのが、今は冬の崖っぷちに立っている気分だ。
なのに総士の横顔を見るとすぐさまお花畑が現れるから不思議なものだ。
時折花畑の上に暗雲が差して見えるのは、後ろで操がにこにこと楽しそうに待っているのを見るときだけだった。

 今夜、天の川見られるのかな。
時計に視線を投げ、ちらり、と思う。
優雅に過ごすはずだった今日の午後は、団子作りで終わろうとしている。

 なんかそんなことわざあったようなあ……なんだっけ。
キジも鳴かずば撃たれまい、だったっけ。

そもそも手伝う、と言ったのは自分だ。しかし、言わなければ良かった、などとも思っていない。
総士が、操のためだけに何かを作る、などということを許していては後々示しがつかない。

これで良かったのだ。
そう思う一方で、『学習能力がないな』と嘲笑うものがいる。
一騎はその声に頷いた。
 キジだって学習能力あれば鳴かないしね……。

空にはおそらく満天の星。
一騎はそれを見ることもなく、もち米と戦っていた。






 



John di ghisinsei http://ghisinsei.sakura.ne.jp/

2013/0705
時間が過ぎてしまったのが悔しいのですが。前々からどこかで出したかった話です。