福袋






 
    十二月も末に入ると街の装飾はクリスマスから一転して正月へと、洋から和へと見事なほどに切り替わる。
きらびやかなツリーの代わりに門松が、イルミネーションの代わりに梅の花が、といった具合に。
そして竜宮島のように人口の少ない町でも商店は喧騒に満ちていた。
それは新年への期待に浮き立っている。

 新しい年が明けて、いつも静かな鈴村神社も人が溢れていた。
お賽銭を投げて一心に祈りを捧げるもの、おみくじの内容に一喜一憂するもの、振舞われる甘酒を手に仲間と談笑しているもの。

「賑やかだな」
いつものように目深に帽子を被ったそうしは背中の羽をごそごそと動かし、帽子を傾けて街並みを眺めた。
一騎は笑った。
「新年だからって何が変わる、ってわけでもないんだけどね。日付が変わるだけだし。
でも、なんかこう、気持ちが切り替わるっていうか。
そんなのはあるよ」

 初詣を終えて、ぶらぶらと商店を歩く。
街並みを眺めていたそうしが突然立ち止まった。
「一騎、あれはなんだ?」
「うん?」
そうしが指していたのは福袋だった。
最近、新しく出来たドーナツショップで、店の先に棚を作り、福袋を並べている。
「ああ…福袋?」
「あれは福引のようなものか?」
「うーん…ちょっと違うかな。何が入ってるか分からないんだ」
「では福引のようなものではないのか?」
「…………」
一騎はしばらく考えた。
確かに、外れもある、ということを考えると福引に似ているかもしれない。

「まあ…確かにあんなもんかな。外れはティッシュじゃなくってドーナツ、みたいな」
「なるほど、ドーナツか」
ふとそうしの背中を見る。その背中はごそごそと動いている。
一騎は天を仰いだ。

 欲しいのか……。
顔は無表情でもその翼は雄弁だった。
そっと財布の中身を確かめる。
 小さなものだったら大丈夫かな…。
そうしの視線は店先から動かない。今にも飛んでいきそうだ。
「ドーナツは入ってても、あとはこう…がらくたみたいなものだったりすることもあるよ。いいもののこともあるけど」
「面白そうではないか。一騎は嫌いか?」
一騎は噴出し、そうしの頭を軽く小突いていた。
「欲しいならそう言えよ。そんな、俺に嫌いか、なんて聞いたりしないでさ」
財布を開けようとした手を、そうしのまだ小さな手が抑えて来た。
「いい。自分で買う。史彦にお年玉をもらったからな」
そうしは得意げにそう言うと、ジャンパーのポケットから小さな袋を取り出した。

「ああ…そうか。分かった。じゃあ、任せるよ」
一騎は笑って答えた。このような時くらい、自分が出したかったけれど、そんなことをしたら逆にそうしが怒るのは分かっていたから彼の好きなようにさせることにした。
「でもな、そうし」
「なんだ?」
お年玉の袋を手に振り返る。
「あまり大きなものは買わないようにね」
「うむ? 何故だ」
「…うん…何となく…」
お金の無駄だ、とも言えず、一騎は口を噤んだ。
そうしはお年玉の小さな袋を片手に、とことこと店に向う。一騎も仕方なくついていくことにした。

「何が入っているのだ?」
そうしがいきなり店員に高飛車に切り出したのを見て一騎は慌てた。
「ちょ、ダメだよ、そういうの分からないからいいんだから!」
店員はにこにこと明るく笑った。
「ドーナツが十個入ってます。他の景品は開けてからのお楽しみと言うことで」
軽くかわされて、それでもそうしは顔を輝かせた。
「ドーナツは入っているのだな?」
「はい、いろいろなものが十個です」
「よし、これを一つくれ」
お年玉の袋ごと店員に渡そうとするのを一騎は慌てて止め、中から千円札を取り出した。


 仮に中にろくでもないものが入っていたとしても、それでもいいのかもしれない、と嬉しそうに羽を羽ばたかせているそうしを見て思う。
ともあれ、ドーナツが入っていることは確かなのだから損ではないだろう。



 家に帰ったそうしは早速袋を開けた。
その間も翼は細かく羽ばたいている。よほどに楽しいのだろう。
 袋の中からは箱詰めのドーナツ、そして手帳やタオル、バッグ、クッションなどが出てきた。
「この手帳はお前が使ったらどうだ」
差し出された、鮮やかな黄色の手帳に、つい、頬も引き攣る。
「あ…ありがと…でもいいよ、そうしが使いなよ」
「いいのか? うむ。ドーナツの引換券が付いてる。
これはいいかも知れん」
クッションは大人の手の平ほどの小さなもので、一騎はこれは何の役に立たないだろう、と思っていたが、そうしには違って見えたらしい。
ことのほか嬉しそうに両手で何度も叩いた。
「おお、枕にちょうどいい大きさだ」
「あ…そうか。今、バスタオルなんだっけ」

そうし用の布団は小さなものが近所の人からもらうことが出来たのだが、枕は手に入らなかった。
いつか買おう、と思いつつも、間に合わせにバスタオルを折ったものを今も使っている。
「ごめん…もっと早くにそうし専用の枕、買って置けばよかったな」
申し訳なくなってつい言った一騎にそうしは笑いかけた。
「なに、もしかしたらこうなることになっていたのかもしれないぞ。前に買ってもらっていたらこのクッションはそれこそ役立たずになっていただろう」
なるほど、そういう考え方も出来るのか、と改めて一騎はそうしを見つめた。

「残り物には福がある。…昔からの、この国のことわざだろう?」
そうしは言って笑いかける。
「確かにこれらの品物は売れ残りの、お前が言うところの役に立たないものかもしれない。
しかし、ただ売れ残っただけで捨てられるのと、一度誰かのもとに渡って認識してもらって、その上で捨てられるとではわけが違うと思うぞ」
「ん…うん…そうかもしれない」
良く分からないままに、ぼんやりと頷く。
そうしは翼をはためかせた。
「福引といい、福袋といい…お前の国にはいいものが沢山ある。
楽しくて、そしてものを無駄にしない。これが一番だと思う」
しんみりとそういうと、さあ、と声を上げた。
「皿を出そう、一騎。ドーナツを食べようではないか」
その楽しそうな声に、一騎は笑い出していた。
 福袋の中のドーナツは、普段はあまり買わないような高価なものも多く混じっていて、それはそうしにとっては楽しみだったろう。
「分かったよ、今、牛乳温めてくるよ」

いつもと同じ。そして、いつもよりも一段と賑やかな正月のひとこま。
いつか、総士と目の前のそうしと三人でこうして正月を迎えたい。
叶わないことではあると知りながらも願わずにはいられなかった。















 






 



John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2008/01/01