真の敵






 
  訓練のあと、会議室へ行こうとしていた総士は、休憩室から聞こえる異様な騒動に立ち止まった。

 なんだ?

いつもの訓練後のリラックスした騒ぎともまた違う。
馬鹿騒ぎと言っていいほどの喧騒だった。

 休憩室に入って見て、唖然とした。
みな、頭に変なものを乗せている。
「なんだ、それは」
眉を顰め、つい口に出していた。
「あ、総士!」
振り返った一騎が飛びついてきた。
「総士にはこれ!」
「おい…!」
頭に何か被せられて慌てる。
一瞬、ゴウバインメットを思い出していた。
しかし、視界を遮るものもなく、ただ、頭の両脇を抑えられているような、妙な不快感があった。

「なんだ、これは」
「皆城くん、似合う!」
答えの代わりに、遠見真矢の弾けるような笑い声が飛んできた。
一騎も文字通り、腹を抱えて笑っている。
「いいな、総士、総士はそれで決定!」
「何がだ!」
腹が立って怒鳴りつける。頭を探り、そこについていたものをむしりとった。

「……?」
形は女性が頭につけて髪を抑える、カチューシャと呼ばれるものに似ている。
似ているがしかし、決定的に違うのはその真ん中についている変な顔をしたかぼちゃだった。
「なんだ、このかぼちゃは」
「ハロウィンだよ、知らない?」
「…馬鹿にするな、知っている。なんでこれを僕がつけねばならないのかが知りたい」
「だから仮装だってば」
咲良もまた、頭の上にみかんを乗せている。
「…お前はみかんか……」
「ちょっとした仮装気分だって、総士。本物の仮装なんかちょっと無理っぽいし」
「それは結構だが」
何故自分まで。

しかし。

ここで考えてしまうからノリが悪い、などと陰口を叩かれるのだろうと思う。
思うがしかし、どうしてもこのようなものを被る気にはなれなかった。
「総士、もう一回被ってくれよ、写真、撮ってない」
一騎がカメラを手にかぼちゃのついたカチューシャを被せようとする。
総士は何とか振り切ってCDCに向って走っていた。

これは司令に言った方がいいのか?

例えばアルヴィス内では禁止にするとか。

CDCに入って、総士は唖然とした。
「あら、総士君」
振り返った近藤彩乃の頭の上には魔女の帽子が乗っていた。
要澄美はみかん、そして。

「司令……」
絶句した。真壁史彦はかぼちゃを乗せて平然とパネルを叩いている。
「どうしたね、もう訓練は終ったんだろう?」
「あ…はい………あの」
「なんだ」
「…………ハロウィン、ですか……」
「ああ、さっき、真矢君に付けられた」
軽く笑っただけで、特になんとも思っていないらしいところに総士は仰天していた。


「でもあの、ハロウィンって海外のお祭り…」
「しかし1990年前後から日本では一般化しているからね。一応、島にも残っている。だからこの時期になるとこういったものが売り出される」
「……はあ……」
至極真面目に答える司令官に、感心していいのか呆れていいのか分からずに、ただ頷くだけだった。


その時、突然警報が鳴り響いた。
とたんに緊張が走る。里奈の、刻一刻と変わる状況を報告する声、彩乃の緊張に引き攣った声が交差する。
「偽装鏡面解除! ヴェルシールド展開準備!」
キーを叩きながら叫ぶ澄美の頭の上には相変わらずみかんが乗っている。
「ファフナー、出動します!」
振り切るように叫ぶと総士はシステムに走った。




「敵は海上だ、油断するな。マークザイン、南東の上空に注意しろ」
「上から来るのか?」
システムを通して入ってきた一騎の映像に、総士は腰が砕けそうになるのをかろうじて堪えた。
「…一騎…頭のものを何とかしろ…」
一騎の頭には悪魔の顔をしたかぼちゃがついたままだった。
「そんな、今さら。どうにも出来ないよ」
「……」
何故事前に取らなかったか、と叫びたくなったが、しかし今度も堪えた。
今はそれどころではないのだ。

目の前のモニターが開く。
「総士君、敵は一体だ、今は姿を隠したが…」
そう言っている史彦の頭にはどぎついオレンジのかぼちゃが乗っていた。
「……!」

 堪えろ、自分。

総士は必死に自分に言い聞かせていた。

これは訓練ではないのだ。命がけなのだ。
自分が気を緩めたら誰かが危ない目に遭ってしまう。

総士は必死だった。
これ以上ないほど、必死になっていた。


 今までで、一番疲れた戦いだったかもしれない。
システムから転がり落ちた総士は、しばらく床に座り込んで起きられなかった。

何とか気を取り直してCDC近くまで行った時、皆が駆けてきた。
「無事に終ってよかったな」
衛の明るい声に、頭が痛む。
「総士、一緒にカノンのところ、行かない?」
咲良が声をかけてきた。
「ハロウィンのパーティやるんだって」

総士は振り返った。
皆を睨みつけ、一番手前にいた、一騎の胸倉を掴む。
「わ…な、なに……」
「いいか…二度と再び俺の前でハロウィンのことは口にするな! 分かったな!」

一騎をその場に放り出し、自室へ急ぐ。

敵はフェストゥムではないかもしれない。
そんな気がしてならなかった。





















John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2008/10/25