みんなでハロウィン






 緑だった山は少しずつその色合いを変えてゆく。道にも、茶色く色を変えた落ち葉が目立つようになってきた。
セミの声ももう聞こえない。

そんな時でも、皆の集まる休憩室はいつもと変わらない賑やかさだった。
学校が終わると訓練のためにアルヴィスにやってくる。長い訓練のあとで気が緩むのは仕方のないことだった。

いつもならそんな中に混じっている総士も、このところは距離を置くようにしている。

操はさっさと休憩室を出て自室に戻ろうとしている総士を追い掛けてきた。
「ねえ、なんで加わらないの? ハロウィン。お祭りなんでしょ?」
本当に不思議そうに聞いてくる。
総士は首を振った。

あれがお祭りなものか。

「お前は騙されてるんだ」
「そうなの……?」
後にした休憩室の方を振り返り、いくらか残念そうな口ぶりで言う。

皆、操にもハロウィン・パーティに加わるよう、誘ってきたのだ。一騎は以前のことが頭にあったのか、幾分控え目ではあったけれど、それでもパーティには行くようなことを言っていた。
操も乗り気だった。彼は何も知らないのだ。

部屋に入り、雑音をすべて断ち切ってコーヒーを入れる。温かな湯気と香りに、幾分気持も落ち着いてきた。
総士は椅子に座り直し、操を見た。

「あれは一種の精神戦だ。身体的ダメージは少ない。が、精神的なダメージは計り知れない」
「え……」
操の顔色が変わる。
「どうしよう……俺、行くって言っちゃった……」
マグカップを両手で抱えたまま、おろおろと立ったり座ったりしている。
総士はため息をついた。一騎が操を誘っていたのは知っていた。彼はその時は返事を躊躇っているように見えた。
行く、と承諾してしまっていたのか。

「行きたければ行けばいい。今も言ったように、身体的なダメージは少ない」
「少ない、って……少しはあるの?」
「あるな。腰が抜ける」
「腰が……抜ける? ……それってどうなるの?」
「立てなくなる」
「ええっ? いやだ、そんな……!」
丸く見開かれた目がうるみ始める。
「ねえ、たとえばどんな事をするの?」
「そうだな」
総士は首を傾げ、記憶を辿った。

「おかしなものを被せられる」
「……え……被せる、って……」
「頭に何かつけられたりするな。全身を覆われることもある」
「それで」
「で、お菓子を上げないと悪戯されるんだ」
「いたずら?」
総士はしばし考え、言葉を探した。
「悪いことをされる」
「……腰が抜けるような悪いこと……?」
「まあ、そう考えて間違いはないかな」
少なくとも嘘ではない。
「ただ、個人差はある。中にはそれを何とも思わない者もいる。だからみんな騒ぐんだ」
「……そうなのか……どうしよう……」
「……行ってもいいんじゃないか? 人間に対する理解を深める役に立つかも知れん」
総士から見ればおぞましいことこの上ないものではあるが、それでもあれもまた、人間の一面ではある。

と、思う。

部屋をうろうろと落ち着きなく歩き回る操は放っておいて、総士は本を広げた。
以前は邪魔が入った。
今度こそは静かに読書を楽しみたい。


 とん、と肩を叩かれて振り返る。
「俺……やっぱ断ってくる。総士、一緒に来て」
「……」
断れるのだろうか。操が、あの皆の押しの強さに果たして勝てるだろうか。
そんなことをつらつら考えながらともに部屋を出た。
行くまでもなく、皆がこちらに向かってくるところだった。
「ちょうど良かった! 迎えに来た」
にこにこと言うカノンの足元にはいつものようにショコラが従っている。操は慌てたように総士の背中に隠れてしまった。
「どうしたのだ?」
「いや……パーティは遠慮したい、と」
隠れてしまった操の代わりに言う。一騎が驚いたように、
「何故」
と言った。
「……」
 お前がそれを言うのか。
「腰を抜かすのは嫌だそうだ」
「腰を抜かす? なんで? 来主、お前、なんか勘違いしてるだろう」
「だって……」
総士の横からおっかなびっくり顔を出す操に、カノンはくす、と小さく笑って見せた。
「ああ、まあ……腰を抜かしてみたいならやってみても構わないが」
そしてショコラの首輪に手をかける。
「よせよカノン」
一騎が呆れたように言った。そして、つかつかと歩み寄ってくる。
「何も起こらないよ、いいから来いよ」
「え、だってやだよ……!」
「ショコラをけし掛けたりしないよ。だから来い」
「総士……!」
「じゃあ、楽しんで来い」
総士は軽く手を上げて見送った。
「総士、お前は来ないのか?」
一騎の不審そうな声に軽く手を振って見せる。
「代わりに来主が行く。僕は仕事が残ってるし」
「あ……うん、分かった」
「総士……!」
操の悲痛な声が廊下に響く。
すでに操は涙ぐんでいた。ショコラはわざとなのか、操のすぐ後ろにいる。確かに、彼にとっては恐怖かもしれない。
総士はかなり努力して――― 笑顔を作って見せた。
「大丈夫だ。それぞれだ、といったろう? お前には楽しいかもしれないぞ?」

 仕方ないのだ。
総士は自らに言い聞かせ、部屋に戻る。
 戦いに犠牲はつきものなのだから。






















John di ghisinsei http://ghisinsei.sakura.ne.jp/

2011/10/31