ストーブの上のもちが膨らむにつれて、そうしの背中の羽の動きが早くなる。
一騎は笑いを堪えながらその様子を横目で見ていた。

 そのうち、正座したままの姿で浮き上がって餅の様子を見ていることだろう。

「膨らむ。お。破裂するぞ!」
案の定、正座したまま浮かび上がり、翼を小さく羽ばたかせて餅を見つめている。
「うん、もう食べられるな」

焼けた餅を醤油につけながら、今年は何個餅を焼いたろう、と考えておかしくなった。
そうしのこのリアクションが見たくてやたらと焼いてしまったように思う。

 ふと、アルヴィスで餅を食べたかな、と考える。
あったのかもしれないが、少なくとも、一騎は食べたことがない。
総士はどうしていたのだろう。

 「どうした、食べないのか?」
口の周りを醤油で汚したそうしが問いかけてくる。
一騎は苦笑し、ティッシュで口の周りを拭いてやった。

「ん…ちょっと考えてた。…総士とこんなふうに一緒に餅、食いたかったな、って」
「ああ…なるほど」
そうしは軽く翼を動かし、餅に食いついた。
「一緒に食べたことなんか…あったかなあ…子供の頃はあったと思うんだけど」
少なくとも、ほとんど記憶にはなかった。

「もっと…普通に過ごしたかったろうな…総士…」
ぼんやりと餅に海苔を巻きながら呟く。
「普通に、とは?」
「うん…だから…こうやって…餅焼いたり…節分が来たら豆をまいたり…そういう普通の生活」
ふむ、とそうしは頷き、一騎の手から二個目の餅を取った。
ぱり、と音を立てて海苔を噛みながら瞳を動かす。
「お前は総士に普通の生活をさせたかった、と」
「うん…」

総士にとって、それは夢でしかなかったであろう、家族そろっての生活。
それは無理としてもせめて、何も知らなかった頃の自分たちが過ごしていたような、そんな生活を、彼にもさせたかった、と思う。

「どうだろうな…その…お前の待ち人がお前の言う、普通の生活とやらを知っていればそうだったかもしれない。しかし、彼は知らなかったのだろう?」
「いや? 知ってたさ…少なくとも、俺たちはそうしてたんだから」
「そうではない」
そうしは醤油のついた指を舐めた。
「つまり…そういう生活があるのを知っているのと、実際にそういう生活をする、この違いだ。
分かるか?」
「……」
一騎はしばらく醤油の皿を見つめて考えていた。

「彼は生まれてからずっとそういう生活を送っていたんだ。むしろ彼にとってはそれが普通、だったのではないのか?」
「あ…うん、そうだろうけど……でも」
「それは不幸だ、とでも言いたいのか、一騎」
「…………」
言葉が継げなくなって、一騎は黙り込んでしまった。

不幸だ、とは思えない。
思えないけれど。でも。

「でも…もっと学生らしく…生きても良かったんだと思うんだ…」
言葉を探しながらやっと言った。

中学もろくに出席もせずに、大人たちと混じって作戦会議のような場で当たり前のように発言していた。
おそらくは、自分たちが何も知らずに遊び呆けていた時でさえ。

あの時に、総士も一緒に遊んでいて良かったはずだ。

「僕はここに来るまで福引というものを知らなかった」
急にそうしが呟いた。
「知ればそれが面白いものと思う。しかし、知らずとも不自由はない」
「……うん…」
そうしは餅を食べ、汚れた指を布巾で拭った。
その布巾を畳みながらまた呟く。
「お前は友人たちの死を目の当たりにした。だが、世界中でどれだけ多くの子供たちが目の前で親の死を見ているか、お前は知らない」
「…………」
「あるものは言うだろう。『お前はまだいい、親がいるではないか』と」
「…ん…」
「そしてさらにある者はこう言う。『お前は親がいなくても家があるではないか。自分には家がない』と。
それを聞いた別の者は言う。
『家がなくても目が見えている、私は目が見えない』」
「………」

一騎は黙って聞いていた。
何となく、そうしの言わんとするところが分かってきていた。

そうしは布巾を畳み、卓袱台の横に置いた。
「ある者は『お前は食べられるからいい、私は何日も食べていない』さらに…あるものはこういうだろう、
『お前たちはいい、生きているではないか』とな」
「……」
一騎は目を閉じた。

「何を幸福と感じるかはその者しだいだ。お前がとやかく言うことではない。
待ち人が望んだのはお前のいう、ごく普通のものだったかもしれない、しかし、それを知らなければ望みようもない……」
「…うん…確かに…そうだね…」
「彼は彼に与えられた生をこれ以上なく真っ直ぐに生きた、それは誰にでも出来ることではない。むしろ、彼は幸福であったというべきだろう…」
「…そう…かもしれないけど…でも…俺…」
言いかけて、涙が溢れてきた。
袋から餅を出してストーブに乗せる。
「総士と…こうやって餅、焼いて食べたかった…」
何も叶えられなかった自分。

こんな小さな望みを叶えたくて堪らないのだ。
一緒に餅を焼く、という。それはなんと小さな望みだろう。
小さいけれど、果てしなく遠かった。

そうしは再び、ストーブの前に正座した。

 総士は。
幸福、だったのだろうか。
乙姫は。

その短い生は、限りなく美しく輝き、力に満ちていたことだろう。
怠惰に過ごしていた自分よりもずっと。
















 






 



John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2007/02/12