LA DOLCE FESTA






 
 戦闘後の更衣室は、この日はいつもと違っていた。
甘ったるい、チョコの匂いが漂っている。
一騎の鞄にも今日、遠見真矢からもらったチョコが入っている。今日はバレンタインデーだった。


「おーい、みんな、会議室に集合だってさ。パイロットだけの反省会みたいだよ」
先に部屋を出ていた衛が顔を出して怒鳴った。
「おう」
剣司はいかにもだるい、といった様子でのろのろと着替えながら声を返す。

「会議室かぁ…行きたくないなあ」
「仕方ないよ」
一騎とて一刻も早く家に帰りたいが、こればかりは仕方がなかった。


「大体、なんの会議だってんだ、今さら」
「おい…」
廊下を与太るように歩き、伸びをしながら言った剣司の脇腹を軽く突付く。すぐ後ろに総士がいた。
「あ…総士」
総士は軽く睨み、会議室に入った。



「今日のみんなはたるんでいたとしか思えない」
きつい口調で言った総士を咲良が睨みつけた。
「いいじゃない、勝ったんだから」
「何を言う、一歩間違えればどうなるか分からなかった。…明日、訓練を行う」
「ええー!」
いくつかの声が重なった。
総士は怯むことなく、淡々と、
「午後一時集合。遅刻は許さん。分かったな」
一通り、部屋に集まった面々を見回す。それからふと、急に眉を寄せた。
「…なんだ? このにおいは」
「チョコだろ」
「剣司、お前、そんなもの持って来てるのか?」
「俺だけじゃないよ、みんな持ってきてる。だって今日、バレンタインだぜ?」
「それがどうした。まったく――― 」
「なに言ってんのよ、学校の帰りに急に呼び出しだもん、仕方ないでしょう、みんな鞄持って飛んできたんじゃない。鞄の中に入ってるもののことまであんたにとやかく言われたくないわね!」
何かを言いかけた総士に、それこそ機関銃のように畳み掛ける咲良を見て、剣司が慌てて腕を引いている。

一騎はそっと額を抑えた。
総士の言いたい事は分かるのだが。
咲良の言い分も、もっともなのだ。学校帰りにいきなりスクランブルがかかり、そのまま、鞄を持ったままに飛んできたのだから致し方ない。

 こういうとこ、総士ってば……。
気付かれないように小さく息を落とす。

あのようなことは言わずとも、ただ、そうか、の一言で終わらせてしまえば良いものを。

 確かに、今日の戦闘が危うかったことは否めないけれど、それは別にバレンタインのせいでもないだろう。
みんなの気持がそれで緩んでいたということもあり得ない。
少しでも気を緩めれば自らが危ういのだ。


 「総士、もういいんじゃないかな、明日一時に集合ってことで」
一騎は頃合を計ってそっと声をかけた。
総士はむ、と頷き、咲良も立ち上がった。
「遅刻なんかしないわよ、明日一時ね。
で、総士」
「な…なんだ」
咲良はつかつかと総士の方に歩み寄ってゆき、総士は逆に一歩後ろに下がっていた。
「あげるわ」
「え?」
咲良が出したのは、チョコの包みだった。
「あんたにも上げるわ。お世話になってる指揮官殿へ感謝を込めて」
にっこりと笑みを浮かべる。
「どうせ一騎しかくれる人、いないんでしょう?」
「いや…あの」
「……」
一騎はあっけに取られていた。

 総士でもあんな顔、するんだ…。

顔を赤くして、困惑したように包みと咲良の顔を見ている。
やがて、咲良は焦れたように包みを総士の胸に押し付け、ばん、と叩いた。
「こういう時はね、嘘でもありがとう、って言ってもらっておくべきなの。あんたみたいに頭ごなしにそんなもん、なんて言ってたら人付き合いなんか出来ないから!」
「え…いや…そんなわけには」
「いくの! あんたはただ、ありがとう、って言えばいいのよ。チョコが好きじゃないなら一騎にでも食べさせれば? 捨てるのは許さないわよ」
いきなり振られて、一騎は一瞬ぽかんとし、それから噴出していた。

 一騎にでも、かぁ。
総士はなんて言うんだろう。

その総士はしばらく黙っていたが、やがて蚊の鳴くような声でありがとう、と呟いた。
「上出来! さ、剣司、衛、行くよ」
「お、おう…!」
「総士」
咲良と剣司の後に続いていた衛が振り返った。
「僕ももらったんだよ、咲良から。もう食べちゃった。すごく美味しかったよ。総士も食べてみろよ」
「……あ…ああ…そうする…」
そう言って、総士は軽く頷いた。

「総士、私も持ってきたぞ」
カノンもまた、包みを手渡す。
「お前にはいつも世話になっているからな。チョコレートではないが。小さなケーキだ」
「あ…ああ…ありがとう…」
「私もー」
さらに、真矢も総士に包みを押し付ける。
「一騎君にはもう上げたんだよ。皆城君にも」
「あ…」
呆然とする総士に手を振って、真矢は足取りも軽く部屋を後にする。
ここに至って、一騎はついに笑い出していた。

笑っては悪いと思うのだが、困惑したような総士の顔が可笑しくてならなかった。
「…一騎。なにがおかしい」
「いや…お前も咲良に一本取られたな、って思って」
「……ふん……」
「……」
黙ってしまった横顔をそっと見る。


 おそらく、彼なりに咲良の一言で反省もしているのだろう。
皆、命がけで戦い、そのわずかな隙間の日常を楽しんでいるのだ。
常に戦闘態勢にいることもならず、いつ事態がひっくり返るか分からない、ぎりぎりのところを綱渡りのように過ごしている。
誰もが、己が役目を精一杯に果たしているのだ。
ともすれば崩れそうになる精神を支えているのはそれぞれが、これが己が生活を守ることだと知っているからに他ならない。


 総士にも、それが分からないはずはないだろう。
俯いている総士の横顔を見、一騎は鞄を開けた。
「総士。これ、お前に」
「……え」
総士のために用意しておいたチョコを差し出す。
「あ。俺のはこれ、義理じゃないからね。本命だから」
「……」
真っ赤になった総士の肩をそっと抱き寄せる。
「な、総士」
「…な、なんだ」
声がわずかに震えていた。
「これからチョコ、買いに行こう。みんなの分。どうせお前、用意してないんだろう?」
「……ああ」
「もしかして、俺の分も忘れてたり?」
「……すまん……その……」
一騎はその茶色の頭をそっと両手に包み込んだ。
「うん、いいよ別に。お前、忙しいし。だから買い物行って俺の分も買ってくれたら嬉しいかな。
あ、別になくてもいいかな、今夜にでも付き合ってくれたら」
「……一騎…っ!」
真っ赤になった総士は、この上なく可愛らしい。
一騎は赤くなった鼻の頭に軽く口付ける。

 ありがとう。
いつもより、たくさんその言葉を口に出来る日。
今では菓子屋を喜ばせるだけとなっているささやかな祭典は、それでも、一年の行事の中で、一番優しい日なのかも知れなかった。




















 




John di ghisinsei http://yokohama.cool.ne.jp/gisinsei1129/

2007/02/14