最後の夢・3






 
     いつか叶えたいと思うのが夢なら、叶った時にそこで終わってしまうかもしれない。
眠るときに見る夢なら、目が覚めたときに何もかも終わる。
 空想はそのようなことはない。自由だ。
どんな突飛なことも、空想であれば可能だった。
鳥になることも出来たし、魚になることも出来た。
世界さえ、自由に出来る。だから、空想は大好きだった。

 薬液の落ちる細い管を見つめる。
また倒れたんだ。
 ほう、と小さく息をつく。
なんでお母さんみたいに健康な身体で生まれなかったんだろう。

 四角く切られた壁に、点滴の管だけが浮き上がって見える。
 飛行機雲みたいだ。
時々、窓から見えることがあった。あの雲のように細く長く空に続いている。
蒼く、深い空に。

 突然、光が広がる。その中に浮かぶ数字。
フェンリルはすでにコントロールが出来ない状態になっている。
「脱出しろ!」



皆城君。



 もう脱出は不可能だった。込み上げる恐怖は、そのまま光の中で空想へと逃げ込んでゆく。
 一騎がいた。
何か言っているように思うけれど、声は良く聞き取れなかった。
手が差し伸べられる。嬉しくなって思わずその手を掴んでいた。


 ありがとう、皆城君。
出撃させてくれて。


 一騎の手を掴んで、そのまま光の中へと飛び込んでゆく。

 そこに何かがあった。文字が書いてある。
透明な、あれは袋だろうか。袋に文字のようなものが。

なんて書いてあるんだろう。


「総士!」
声の方を振り返る。一騎の声だ。思わず微笑んでいた。
迎えに来てくれて、ありがとう。
そう言おうとして、はっとした。


ここは自分の部屋ではなかった。

「……一騎…? これは…?」
目の前はまだまぶしい光に覆われていて、視界がはっきりしない。壁と、透明の袋しか見えない。でも、そこに一騎がいるのは間違いないのだ。

飛行機雲に見えた管を目で追ってみる。
それは自分の腕に繋がれていた。

「…ここは雲の上かな」
口にしているそばから、何を言ってるんだと自問する。
ここが雲の上でないことくらいは分かっているのに。
「メディカルだよ」
抑えた、低い声で一騎が答えた。
「総士…少し眠らないとダメだって、先生が言ってた…頼むから寝てて。俺、ずっとここにいるから。な?」
ようやくはっきり見えるようになった一騎の顔は泣いたのだろう、目を真っ赤に腫らしていた。

「ああ…すまなかった…」
思いもかけなかった失態につい、唇を噛む。
一騎にだけは、このような姿を見られたくなかったのに。
それでも、手を包む一騎の温もりは何よりも嬉しかった。







 組んだ手に額を乗せて、千鶴は小さく息をついた。
机の上にはいくつか薬の名前が書かれた紙がある。
今の総士に必要で、でも、どれも使うことの出来ないものだった。


 あれから千鶴は一騎にも詳しく様子を聞いた。
混乱した一騎から総士のうわ言のすべてを聞くことは不可能だったけれど、断片だけでも何となく何が起こっているのか想像は付いた。


翔子の、そして甲洋の意識に呑まれそうになっている。
引き摺られながら、それでも危ういところで踏みとどまっているのだ。
自我が裂かれようとしている。


 危険だわ。

千鶴は手を組みなおし、唇を噛んだ。

 史彦に報告することは何度も考えた。
しかし、それはつまり総士を今の任から解けということだ。

ふと、眉を寄せて考える。

普通ならばとうに精神に異常をきたしているはずの彼が今も通常通りに生活できるのは、やはり、彼の出生が普通ではないため、だろう。
半分フェストゥムに近い状態にある彼は、それゆえに常の人ならば狂うであろう状況でも耐えられるのだ。

記憶、情報の並列化、それが可能な彼らならでは、のことであり、その彼らに対抗するためのシステム開発だった。

皆城公蔵はそこから先の事も、もちろん考えていたのだろう。

 つまり、総士がいつかこうなるということも。

からからに乾ききった唇を軽く舐め、時計を見た。すでに点滴を交換しなければならない時間になっていた。



 
















 








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2007/04/29